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イザベルが魔法銃で撃たれてから二週間が経った。
最初こそベッドから起き上がるだけで寝ているように注意されて軟禁状態だったイザベルだが、ようやく元通りの生活に戻って日常を取り戻していた。
「おとうさま、おかあさま、みてて!」
夕食後の夜のひととき。リビングルームにルイスの元気な声が響く。
ルイスはテーブルの上、十五センチくらい離れたとこで手をかざす。すると、テーブルに置かれていたトランプがふわふわと浮いてルイスの手に引き寄せられた。
「まあ、すごいわね」
イザベルはパチパチと手を叩いてルイスを褒める。
「物質浮遊の魔法か。今日習ったばかりなのに、大したものだな」
アレックスも相好を崩す。
両親に褒められ、ルイスは「へへっ」と嬉しそうにはにかんだ。
魔法を教える家庭教師を付けてからというもの、ルイスの魔法に関する技術向上は目を瞠るものがあった。教えられればあっという間に覚えてしまい、すぐにそれを自分でも使えるようになってしまうのだ。
アレックスによると、国一番の名門魔法学校に行ってもルイスほど早く魔法を習得する生徒は滅多に見られないという。
(そうでしょう! ルイスは未来の天才魔術師なんだから!)
イザベルは、自分のことでもないのにまるで自分が褒められたかのように嬉しくなってしまう。
「きょうはね、たんさくまほうもならったよ。まほうせきをさがしたの」
「探索魔法か。私がグメークの森でルイス達を捜し出したのも、探索魔法だ」
「ぼくもおとうさまみたいに、ひとをさがせるようになる?」
「そうだな。すぐになるとも」
アレックスは口元に笑みを浮かべて頷く。
「ルイス。探索魔法は、周囲の魔力を感知して探す魔法だ。捜そうとしている対象が発する魔力が強ければ強いほど探しやすいことを覚えておくといい」
「まりょくがおおいひとほどさがしやすいってこと?」
ルイスは首を傾げる。
「魔力の量は人それぞれで、普段その魔力は体の中にある魔力の器に貯められている。うまく魔力制御できるようになると、その貯まっている魔力を自分の意思に合わせて外に放出できるようになるんだ。それは知っているな?」
「うん」
「つまり、魔力が多くても魔力が放出されていないと、捜すのは難しい。昔あった戦争では捕虜にした敵国の魔法使いに魔力放出を抑える枷を付けたが、これは魔法を使わせないようにすると同時に、敵から居場所を知られないようにするためだ」
「ふうん……」
ルイスはアレックスの話を真剣な眼差しで聞く。そして、イザベルのほうを見た。
「もし、おかあさまがまたまいごになったら、ぼくがさがしてあげるね」
「え? あ、ありがとう……」
とても嬉しい言葉なのだけれど、〝また〟というのが気になる。
(もしかして、ルイスの中ではグメークの森で迷子になったのはわたくしが方向音痴だったからってことになっているのかしら?)
完全に否定することはできないが、こんなに小さな子供に心配されてしまうなんてちょっと心外だ。
気持ちが表情に出ていたのか、ふたりの会話を聞いていたアレックスがくくっと笑う。
「そういえば、明日はジェシカと出かける予定だと言っていたな? イザベルは魔力がほとんどないから、念のためにあとで魔石を渡しておこう」
「旦那様まで! わたくし、迷子になんてなりませんよ?」
イザベルは心外に思い、アレックスに抗議する。
「ああ、わかっている。だが、それでもきみのことが心配なんだ。持って行ってほしい」
「そんなに心配しなくても大丈夫です」
「大切な人を心配するのは当然だろう? 何かがあってからでは遅い。まあ、何があったとしてもイザベルのことはまた私が助けるがな」
アレックスはイザベルの手に自分の手を重ねる。
真摯な眼差しを向けられ、イザベルの胸はドキッと跳ねた。
(また私が助けるって……)
魔法銃で撃たれた際にキスされたことを思い出し、イザベルは慌てて頭の中のそれをかき消す。あれは治療だから!と必死に自分に言い聞かせる。
(それにしても、なんだかここ最近旦那様の態度が甘いような……)
大怪我をしたあとから、アレックスの距離がぐっと近づいた気がするのだ。
それは、心理的にもそうだし、物理的にも。
ルイスの前では夫婦円満のふりをするとふたりで決めたのだからこれは演技なのだろうが、まるで恋人にでもするかのような態度で接してくることに動揺を隠しきれない。
そのとき、じっとふたりのやりとりを見ていたルイスが急にぎゅっとイザベルに抱きついてきた。
「ぼくもおかあさまをたすけるよ。もう、まほうつかえるもん」
アレックスに対抗するように、ルイスは顎を少し上げて言う。
すると、目をしばたたかせたアレックスは耐え切れない様子で笑い出した。
「ああ、そうだな。ルイスがいてくれたら一安心だ。お母様を頼むぞ」
「うん。まかせて!」
ルイスはアレックスに頭を撫でられ、嬉しそうに頷いた。




