(45)
◇ ◇ ◇
イザベルの寝室を追い出されたアレックスは、くくっと笑う。
(あんな顔もするんだな)
アレックスが額を合わせるとイザベルは真っ赤になっていた。その後も照れを隠すようにアレックスを追い出しており、初心な少女のような反応に笑みが零れる。
あの様子なら、だいぶ体調も元に戻っているはずだ。今夜か明日には一緒に食事がとれるかもしれない。
自分の執務室に戻ったアレックスは早速仕事を始める。
最近、アレックスはルイスとの時間を確保するために家でもできる仕事は家でするようにしていた。それに、今はイザベルの体調も気になるからいつもに増して早く帰るようにしていた。
(それにしても、彼女が俺を庇うとは……)
イザベルは橋で立ち往生する馬車を不審に思い、迂回して行こうとしきりにアレックスに言っていた。
イザベルの言う通りにしておけば、こんなことにはならなかったのにと、後悔ばかりが押し寄せる。
アレックスを庇って大怪我をしたイザベルは、彼に怪我がないことを知るとホッとしたように微笑んだ。
その、自らの死を覚悟したうえでアレックスを助けようとした自己犠牲の精神に胸を衝かれた。そして、彼女を永遠に失うかもしれないと思ったときに絶対にそんなことにはさせないと強く思ったのだ。
「しかし、まさかこんなものが出回っているとはな」
アレックスは手元にある資料を見つめる。
イザベルを撃った強盗が持っていたのは、外国で最近開発された最新型の魔法銃だった。そう簡単に手に入るものではない。
「入手ルートを早急に解明する必要があるな」
犯罪行為の取り締まりは魔法庁の管轄外だが、魔法に関することで相談や協力要請は多々ある。今回も珍しい新型武器の登場で、なんらかの協力要請が来る可能性はあったと思った。
しばらく集中していると、トントンとドアをノックする音がした。
「ごきげんよう、アレックス」
「母上!?」
現れた人物を見て、アレックスは驚いた。そこには、別邸にいるはずのバルバラがいたのだ。
「イザベルさんが大怪我をしたと聞いて、お見舞いに来たのよ」
「ありがとうございます。イザベルも喜ぶと思います」
「大変だったわね。今、屋敷のことは大丈夫なの?」
「ドールを中心に、屋敷の者達が頑張ってくれているので大丈夫です」
「そう。なら、よかったわ。ねえ、アレックス。あなた、最近サラさんとどうなっているの?」
「サラと? どうもなっておりませんが?」
突然サラの名前が出てきたので、アレックスは不審に思う。どうなったもこうなったも、イザベル達がグメークの森に迷い込んでしまったのをきっかけに屋敷には来ないように伝えているので、会ってすらいない。
「ならいいのだけど……」
「何かありましたか?」
「先日、手紙が来たのよ。あなたやルイスが心配だと」
アレックスははあっと息を吐く。
まさかバルバラに手紙を出すとは。
「問題ありません。屋敷の者達がよくやってくれています」
「最近、屋敷に入れていないのかしら?」
「はい。その……イザベルと少しうまが合わないようでして」
アレックスは言葉を濁す。
グメークの森の件をそのまま話すのは気が引けたのだ。
「なるほど。それで、イザベルさんを優先したわけね?」
「まあ、そうです」
(何か言われるだろうか)
サラは父の代からの友人の娘だ。バルバラとも小さな頃から親しくしており、彼女がサラに味方したとしてもおかしくない。
しかし、警戒するアレックスに掛けられたのは意外な言葉だった。
「いいと思うわ」
「……え?」
「いつまであなたがサラさんを出入りさせるつもりなのかとやきもきしていたから、ちょうどいい機会じゃないかしら。大体、夫の幼馴染でまるで女主人みたいに振る舞っている人と、あとからやってきた妻のうまが合うわけないじゃない」
何を当然のことをと言いたげに言い放たれた言葉に、アレックスは唖然とする。
てっきり、なんという不義理を働くのかと責められると思っていたのだ。
「イザベルさんは嫁いで来る前はひどい噂が立っていたから心配していたけれど、気が利くしルイスのことも可愛がっていて、とてもいい子じゃない」
「……はい」
アレックスは頷く。
もうかなり前から気づいていたが、イザベルは悪女ではない。最初は猫を被っているのかと思っていたが、今はそうではないと確信している。
何が起こって彼女の中で変化が起こったのかはわからないが、事実としてイザベルは変わったのだ。
「それに、今の怪我もあなたのことを庇って負ったのでしょう?」
「そうです」
「なかなかできることじゃないわ。大事にしてあげなさい」
「わかっております」
「そう」
バルバラはふっと口元を和らげる。
「さっ、わたくしはイザベルさんの顔を見に行こうかしら」
ひらひらと片手を振ると、バルバラは部屋を出て行った。
誤字脱字報告ありがとうございます!




