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(本当に、もう元気なのだけど……)
撃たれた場所で意識を失ったイザベルはアレックスに抱き上げられ、転移魔法でそのまま屋敷に連れ帰られたらしい。エマから聞いた話では、血まみれになって帰ってきた三人に屋敷中が大騒ぎになったそうだ。
そして、すぐに治癒魔法も使いこなせる医師の手でイザベルの手術が実施され、彼女は一命をとりとめた。
魔法銃は近年外国で開発された新たな武器で、確実に相手を仕留めるために命中した弾が体内で砕け、内臓をさらに破壊する仕組みになっている。
医師によると、イザベルが一命を取り留めたのはひとえにアレックスの治癒魔法のおかげだという。彼は、被弾して損傷した体を瞬時に修復していくという高度な治癒魔法を使っていたそうだ。
(旦那様も魔力の使い過ぎで丸一日意識を失ったらしいから、本当にぎりぎり助かったんでしょうね)
あの場で全力を尽くしてくれたアレックスには感謝の言葉しか出てこない。
(今日は夕食だけでも一緒にとりたいって言ってみようかしら)
この三日、食事もベッドの上でとっていたのでそろそろ普通の生活に戻りたい。
イザベルはちらっとベッドサイドの椅子に座るルイスを見る。ルイスは、何かの本を熱心に読んでいた。
そして、ルイスの座っている椅子の近くには小さな簡易ベッドも置かれていた。
絶対にイザベルの側を離れようとしないルイスのために、アレックスが用意させたものだ。
「ルイス。お外に連れて行ってあげられなくてごめんね」
ルイスは外で遊ぶのが大好きだ。イザベルの側にずっといるのは、きっと退屈だろう。
しかし、イザベルの謝罪に、ルイスは小首を傾げた。
「いいよ。ぼく、これよんでるから」
「なんの本なの?」
「ちゆまほうがいろん」
「……ち、治癒魔法概論?」
「うん。おとうさまのほんをかりたの。もしなにかあったらこんどはぼくがおかあさまをたすけてあげる」
ルイスは笑顔で頷く。
てっきり物語を読んでいるのかと思いきや、予想の斜め上をいく書籍名を言われた。
(それは、四歳児向けではなくて大人の読みものじゃないかしら? ……天才だわ)
我が子は天使の愛らしさを持つだけでなく、類まれなる天才でもあるとイザベルは確信する。
文字が読めるだけでも万々歳なのに、そんな難しい本まで読みこなしてしまうなんて。読んだことはないがイザベルには理解できない気がする。
「あ。これおとうさまがしてたね」
ルイスがとあるページを指差す。
チラッと見ると、男同士でキスをしている絵が描かれていた。
イザベルはぎょっとする。
(なんでこんないかがわしい絵が載ってるの! しかも、アレックス様がしてた……?)
実は、アレックスは男色だったのだろうか。知らなかった彼の一面に衝撃を受ける。
「うん、おかあさまにしてた」
「……わたくしに?」
「うん」
「いつ?」
「うたれたときと、ねむってるとき」
(撃たれたときと、眠っているとき?)
魔法銃で撃たれて意識を失った直前の記憶がよみがえる。たしかに、アレックスの顔が近づいてきて唇に柔らかいものが触れた記憶がうっすらある。
(あれ、夢じゃなかったの!?)
夫婦であればキスくらいするのは当たり前なのだが、イザベルとアレックスはそういう関係ではない。
一体どういうつもりなのかとイザベルは動揺する。
「ちゆまほうのききめがよくなるんだって」
「治癒魔法の効き目?」
「うん。そうかいてあるよ」
ルイスはキスをする男性の絵の下の部分を指さす。治癒魔法は患部に直接触れることで治すことが一般的だが、口から魔力を送り込むことで患者の本来の治癒能力を高めるとより効果が高まるという内容が書かれていた。
(治癒……)
治療のためと知りすんなり納得した一方、どこか寂しいような気もして、イザベルは自分の胸に手を当てて「ん?」と首を傾げる。
そのとき、部屋のドアがノックされた。エマが出ると、現れたのはアレックスだった。
「おとうさま!」
ルイスはすっくと立ちあがり、アレックスに駆け寄る。アレックスはルイスの脇に両手を入れて、彼をひょいっと抱き上げるとイザベルの元に近寄ってきた。
「調子はどうだ?」
「もうすっかり元気です。……旦那様、お仕事は?」
「屋敷でもできることばかりだから、帰ってきた」
アレックスはそう言うと、イザベルの額にこつんと自分の額を当てる。
あまりの距離の近さに、イザベルは「ひえっ」となる。
「たしかに熱はもうないな。痛みは?」
「な、ないです」
挙動不審になったイザベルはぶんぶんと首を左右に振る。
(きょ、距離感がおかしいわ!)
アレックスはもっと自分が美形であるという自覚を持つべきだ。
きっと今、イザベルの顔は真っ赤だろう。
「イザベル? 顔が赤い。暑いのか?」
「暑くないです。大丈夫です。旦那様はお仕事してください!」
イザベルは動揺を隠すように、慌ててアレックスを部屋から追い出したのだった。




