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(43)

 

 その時だ。背後に停まる馬車から「助けてくれ」と小さな声が聞こえた。

 アレックスにも聞こえたようで、彼はハッとしたように馬車のほうを振り返る。


「おい、誰かいるのか? 怪我をしているなら──」


 アレックスが近づく最中、イザベルの視界の端に夕日を受けてキラリと光るものが見えた。イザベルの背筋に冷たいものが走る。


「行っちゃだめ!」


 無意識に体が動き、イザベルはアレックスに勢いよく抱きつく。その拍子でアレックスがバランスを崩したそのとき、パンパンッと乾いた音が鳴り響いた。


 イザベルのわき腹に激痛が走る。

 あまりの痛みにイザベルはわき腹を手で押さえ、体を屈める。


 アレックスはハッとしたように音がしたほうを見ると、伸ばした手から白い光を放った。「うわあ」と悲鳴が聞こえ、そこにいた男が紐で縛り上げられる。アレックスの拘束魔法だ。


 男がしっかり拘束されていることを確認するやいなや、アレックスはイザベルに呼びかける。


「イザベル! おい、イザベル!」


 突然のことに、アレックスはひどく焦っているように見えた。彼がこんなに狼狽している姿を見るのは初めてかもしれない。


「おとーさま! おかあさまのわきばらからちがでてるよ!」


 イザベルの横に立つルイスが悲鳴を上げていた。

 

(血……わたくしが撃たれたのね)


 痛みのあまり、傷口を確認する余裕すらない。立っていられず、イザベルは足元から崩れ落ちる。


「イザベル!」


 アレックスはしゃがみ込み、横たわるイザベルの傷口に手を当てた。そこからじんわりと熱が広がるような不思議な感覚がした。

 治癒魔法をかけてくれたのか、少しだけ痛みが和らぐ。

 だが、寒い。とにかく寒くて凍えそうだ。


「イザベル、しっかりしろ!」

「寒い……です」

「くそっ!」


 アレックスは自分が着ている上着を脱ぐと、それでイザベルを包み込む。彼の体温で温まった上着で包まれたら、ほんの少しだけ寒さがましになった気がした。


「旦那様……怪我はな……い?」

「なぜ飛び出した! なんで俺を庇った!?」


 アレックスはどこか泣きそうな顔をする。「なんで」「どうして」としきりに言っているが、怪我はなさそうに見えた。


(多分、これがアレックス様が魔法銃で撃たれて亡くなるイベントなのね……)


 こんなところでイベントに遭遇するなんて想定外だ。

 けれど、自分が同席している場で遭遇して良かったとも思う。だって、アレックスが死ぬという最悪のシナリオを回避できたのだから。

 イザベルは視線だけ動かし、ルイスを見る。


(ルイスも……無事ね)


 ルイスはイザベルを見てぼろぼろと泣いているが、怪我はなさそうだ。


「おかーさま! おかーさま!」


「うわーん」という大きな泣き声と共に、周囲に激しい風が吹き荒れ始める。


(魔力が暴走し始めてる……)


 家庭教師を付けてからというものルイスの魔力暴走は収まっていた。しかし、激しく動揺している今のルイスの魔力暴走は、イザベルが今まで見た中で一番激しかった。


「ルイス!」


 アレックスが制止しようとするが、それより先にルイスから閃光が放たれる。周囲に竜巻のような突風が起こり、すぐ近くにある壊れた馬車がメキメキと音を立てて破壊されてゆく。


(すごい……流石は未来の天才魔術師ね)


 まだこんなに小さいのにこの威力。ルイスがしっかりとした先生に学べば、想像がつかないような大魔術師になることは間違いないだろう。


(なんだか暗い……)


 視界が徐々に狭くなるような不思議な感覚に襲われる。


「イザベル!」


 アレックスが焦ったようにイザベルの名前を呼ぶ。真っ暗に暗転する前に彼の顔が近づいてきて、唇を温かなもので塞がれた気がした。


   ◇ ◇ ◇


 小枝に停まった小鳥は囀り、爽やかな風が木々の葉を揺らす。空は真っ青で雲一つない。


「いい天気……」


 どこからどう見ても、絶好のお出かけ日和だ。

 イザベルはなまった体を動かしたいと思い、ベッドから起き上がろうとする。


「おかあさま。ねてなきゃだめ!」


 すぐ横から、可愛らしい叱り声がする。ベッドサイドに置かれた椅子にはルイスが座っており、不満げに頬を膨らませていた。


「ルイス。もうお母様はすっかり元気なのよ。少しくらい出歩いても平気だわ」

「だめ! おとうさまがいっしゅうかんねなきゃだめっていってた」

「お父様は少し心配症なの。大丈夫だから」

「だめ!」


 ルイスはイザベルにぴしゃりと言い放つ。

 まるでどちらが子供かわからないようなやり取りに、部屋にいたエマがくすっと笑う気配がした。


「エマ。笑い事じゃないのよ。監禁状態だわ」

「旦那様もお坊ちゃまも奥様のことが心配なのですよ」

「まあ、それはわかっているけど──」


 イザベルは不本意に思いながらも口を噤む。


 三日ほど前に親子でピクニックに行ったイザベル達一行は、帰り際に強盗に襲われた馬車に遭遇した。

 そうとは気づかずただ単に立ち往生していると思ったアレックスが馬車に近づいてしまい、隠れていた強盗の魔法銃でイザベルが撃たれてしまったのだ。


 本来であれば死んでいてもおかしくないような大怪我だったのだが、幸いにしてアレックスは高度な治癒魔法も使えるのでその場でできる限りの治癒を試みてくれてイザベルは一命をとりとめた。

 だが、腹部を撃たれたことに変わりはないのと弾丸を取り出す処置をしたので大事を取って一週間は安静にするようにと言われてしまったのだ。

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― 新着の感想 ―
撃たれた場所が腹部だから多少心配だな
これは大きな分岐になりそう(*´艸`*)アレックスの気持ちが一気に動きそうですね〜 イザベルが助かったし、アレックスとルイスには怪我がなくてなによりです
おう…アレックス。あんなに言われていたのに(ノ∀`)…イザベル頑張った!ルイスを大切にするイザベル健気で本当に好きです。
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