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イザベルはおずおずとアレックスから花束を受け取る。
「わあ、綺麗」
綺麗に咲いた花だけを選んであるのも、魔法のなせる業なのだろうか。花束の茎の部分には赤いリボンがかかっており、どこかの花屋で買ってきたかのような仕上がりになっている。
鼻に顔を近づけるとふんわりとフローラルな香りがして、イザベルは表情を綻ばせる。
そのとき、トタトタと足音が近づいてきた。
「おかあさま。それどうしたの?」
「お父様にもらったのよ。綺麗でしょう?」
イザベルは笑顔でその花束を見せる。すると、ルイスは「ふーん」と言って再び野原に戻ってゆく。
しばらくすると、両手いっぱいの花を抱えて戻ってきた。
「ルイス、すごく沢山摘んだのね」
驚くイザベルに、ルイスはずいっとそれを差し出す。
「はい。おかあさまにあげる」
「わたくしに?」
またもや予想外のプレゼントに、イザベルは目を丸くする。
「ありがとう。とっても綺麗ね」
「うん」
ルイスが摘んできた花束は、手で引きちぎったせいか茎の長さがばらばらで花も一部元気がないものが混じっていた。けれど、イザベルのために摘んできてくれたその気持ちが嬉しくて、彼女は笑顔でお礼を言う。
すると、ルイスははにかむような笑顔を見せ、アレックスとイザベルの間にちょこんと座った。
「おかあさま。ぼくとおとうさまのおはなどっちがすき?」
「え?」
なんて難易度の高い質問をしてくるのか。
じっと見つめてくるルイスから視線を逸らしアレックスをちらっと見ると、しっかりと目が合った。
(なんて答えればいいの? どんな答えでも禍根が残りそうな……)
まさかこんなところでこんな想定外のピンチに襲われるなんて。
イザベルは目まぐるしく頭を回転させる。
「どっちも素敵だから選べないけれど……ルイスの摘んでくれたお花はお母様の大好きなピンク色のお花が沢山あるのね。お母様のことを思って選んでくれたのがわかってとっても嬉しいわ。お父様のお花は黄色が入っていて、元気をもらえるわね」
両者をできるだけ傷つけないように、言葉を選びながら慎重に答える。
コミュニケーションスキルに長けた人ならばもっとうまい返しがあるのかもしれないが、イザベルにはこの回答が限界だった。
「ぼくのえらんだやつのほうが、おかあさまににあってる」
「そう……かもしれないわね」
イザベルは表情を引きつらせる。ルイスの相手をしている間にも、アレックスの視線を感じていたたまれない。
(もしかしてこれって……)
以前、庭に公園を作ったときにも少し感じたのだが、ルイスはイザベルとアレックスがふたりだけで楽しそうにしていると間に割って入ってこようとする傾向がある。
最初は気のせいかと思っていたが、気のせいではない気がした。
(アレックス様に嫉妬しているの!?)
もちろん、イザベルはルイスの母親なので恋愛感情ではないことはわかっているが、将来的に激やばヤンデレ野郎になる未来を知っているだけに気になった。
ヒロインに対する行動も、イザベルに対する行動も、執着する相手の興味が自分以外に向いていることが許せないという根本部分の考え方は通ずるものがあると思ったのだ。
イザベルはルイスと目線を合わせると、彼の両手を握って真っすぐに目を見る。
「ねえ、ルイス。お母様はね、ルイスのこともお父様のことも大切に思っているの。だから、本当にふたりから貰ったお花のどっちもとっても嬉しいのよ? ふたりがお母様のことを思って、喜ばせようとしてくれたってことがとても嬉しいの」
イザベルには心理学の知識なんてない。
けれど、自分が間違いなく愛されているという確信を持っていれば、ルイスの行動も次第に変わってくるのではないかと思ったのだ。
「ルイス、ありがとう。お母様はルイスのことが大好きよ」
ルイスは目を瞬かせると、ふわりと笑う。
「ぼくもおかあさまがだいすき」
ぎゅっと抱きしめると、ルイスも抱きついてくる。
その様子を見守っていたアレックスは、片手を伸ばすとイザベルと抱き合うルイスの頭を撫でる。
「お父様もルイスが大好きだよ」
ルイスはイザベルから離れると、今度はアレックスに抱きつく。
「ぼくもおとうさまがすき。まほうがじょうずでかっこいいもん」
ルイスの言葉を聞いたアレックスは彼を抱いたまま優しく微笑む。ルイスは少しだけ体を起こし、アレックスの顔を見上げた。
「おとうさまはおかあさまのことすき?」
虚を衝かれたような顔をしたアレックスはイザベルのほうをちらっと見る。
「もちろん」
目が合った彼が、少し微笑んだような気がした。




