(38)
イザベルに抱っこされてしがみ付いていたルイスは、暫くするとうとうとしてそのまま寝てしまった。
大型遊具で遊んだことなど一度もなかったので、はしゃぎすぎて疲れてしまったのだろう。
「あらあら」
ジェシカが眠っているルイスを見て笑みを零す。そして、まだ遊具で遊び続けていたレオンに「レオン!」と呼びかけた。
「あまり長居するのは申し訳ないわ。そろそろお暇しましょう」
「ええー。まだあそびたい」
レオンはあからさまに不満をあらわにする。
普段礼儀正しいレオンがこんな態度を取るのはとても珍しいので、それだけ気に入ってくれたということなのだろう。
「また今度遊びに来ましょう」
ジェシカに諭され、レオンはしぶしぶ降りてきた。
「またあした来る」
「明日? 来週にしましょう?」
「あしたがいい!」
レオンとジェシカの攻防が始まったのを見て、イザベルは微笑む。
「明日でも来週でも、好きなときに来て。でも、我が儘を言ってお母さまを困らせてはダメよ? 騎士道に反するわ」
それを聞いたレオンはハッとしたような顔をして、「らいしゅう来ます」と言った。
(さすがは未来の天才騎士団長だわ。『騎士道に反する』っていう言葉が効いたみたいね)
こんな小さな頃から騎士の精神は着実に養われているようだ。
「イザベル様、今日はありがとうございます。レオンもとっても楽しそうでした」
「こちらこそ、わざわざお越しいただきありがとうございました。ルイスも嬉しそうだったわ」
やはり同じ年頃の子ども同士で遊ぶのは楽しいようで、ルイスはいつもレオンと遊ぶのをとっても楽しみにしている。
勇気を持ってバルバラに同世代の子どもを紹介してもらうよう頼んで、そして紹介されたのがレオンで本当によかったと思う。
「帰る前に手を洗いましょうね。またルイスと遊んでね」
「うん!」
イザベルが声を掛けると、レオンは満面の笑みを浮かべた。
イザベル達は屋敷の門まで出て来客達を見送った。
馬車が出発して門が閉じられる。
「イザベル」
「はい?」
イザベルは彼を見上げる。
「ルイスを。重いだろう?」
「え? ありがとうございます」
眠ってしまうと体を支えるのを手伝ってくれなくなるので、体重がダイレクトに腕にのしかかる。実は腕が辛くなってきていたのでアレックスの申し出はありがたかった。
アレックスはルイスをひょいっと受け取ると、彼の脇の辺りを肩に乗せるように抱き上げた。
「屋敷に戻ろう」
「はい。……大奥様も、夕食くらいご一緒なさったらいいのに」
「母上なりに気を遣っているのだろう」
(気を遣う……。前の奥様のときに何かあったのかしら?)
バルバラはイザベルから助けを乞われれば惜しみない援助をしてくれるが、必要以上に踏み込まないように気を遣っているように見えた。
何か原因があるのかと少し気になったが、根掘り葉掘り聞くのは無神経だろう。
「いつの間にか大きくなったな」
アレックスは歩きながら、抱いているルイスの背中を優しく撫でる。そして、ちらりとイザベルのほうを見た。
「そんな細い腕で、無茶をする」
「あら。でも本当に、腕力は割とあるんですよ」
イザベルは笑って、力こぶを作る真似をする。
記憶を取り戻す以前はしょっちゅう鞭を振り回していただけあり、事実としてイザベルの腕っぷしは普通の貴族令嬢よりあるのだ。全く自慢できない理由だが。
「ルイスがあんなにのびのびと楽しそうに遊んでいるのを見たのは初めてかもしれない。ありがとう」
「どういたしまして。旦那様もありがとうございます」
「俺は何か礼を言われるようなことをしたか?」
「たくさんしましたよ。庭を改修したいと言ったらわたくしの好きにさせてくださいましたし、ルイスに魔法の先生を付けてくださいましたし、ルイスとの時間を取ってほしいという約束も守ってくださっていますし」
そう言うと、アレックスは「ああ」と呟く。
「本来なら、きみに言われる前に、俺が自分で気付いてやらなければならなかったことばかりだ」
イザベルは横を歩くアレックスを窺う。
(もしかして、ちょっと落ち込んでいらっしゃる?)
気のせいかもしれないが、少しだけ表情が暗くなった気がした。
たしかに彼の言う通り、イザベルがやっていることは本来であれば父親であるアレックスが自分で気づいてやってあげてもいいようなことばかりだ。
だが、魔法庁の長官としてただでさえ激務な上に、ルイスはなかなか使用人に懐かなかったので彼をしっかりと見てアレックスに状況を報告してくれる人はいなかった。
責任がないとは言わないが、アレックスだけを一概に責めることはできないと思った。
「なら、今度からは気づいたときにいろいろ実行してあげてくださいね。ルイスは旦那様が大好きなので、喜びますよ」
元気づけるように明るく言うと、アレックスは少し驚いたような顔をしてから表情を柔らかくする。
「ああ、そうだな」
「あと、強盗に襲われた馬車を見つけても、自分で助けに行ったらダメですよ」
「きみは強盗に襲われた馬車に異様にこだわるな」
「強盗は怖いんですよ? 切羽詰まった人間は何をしでかすかわかりませんから」
イザベルが大真面目に言うと、アレックスはふっと笑う。
それに釣られるように、イザベルも微笑んだ。




