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「それで……旦那様と大奥様に、相談があるのですが」
「相談?」
「なにかしら?」
イザベルがなんの相談をするのか予想がつかないようで、アレックスとバルバラは首を傾げる。
「実は……こういう施設を屋敷の外にも作りたいんです!」
「屋敷の外? 別邸に作りたいということか?」
アレックスが尋ねる。
「いいえ。市中に作りたいのです」
「市中だと?」
予想していない答えだったようで、アレックスとバルバラはふたりとも目を丸くした。
イザベルがこの公園を作ろうと思ったきっかけは、ルイスが安心して遊べる、安全な遊び場を作りたいと思ったからだ。でも、よくよく考えるとルイス以外の子ども達だって安心して遊べる安全な遊び場がないという状況は同じだ。
なら、彼らのためにも同じような施設を作ってあげたいと思ったのだ。
イザベルはその思いをふたりに話す。
「社会貢献は、貴族の大事な役目のひとつです。アンドレウ侯爵家の社会貢献の予算の一部をそれに使わせていただきたいのです」
庭に公園を作ることに関して、アレックスはイザベルの好きにしていいと言っていた。
しかし、屋敷の外に作るとなると、初めて見る不思議な構造物に人々は驚き、少なからず噂になるだろう。そうなれば、社交の場でそのことについて話題にされる可能性が高い。
少なくとも、当主であるアレックスと義母であるバルバラには事前に許可を得るべきだと思ったのだ。
(ダメかしら……?)
恐る恐るふたりを見たそのタイミングで、バルバラが「素晴らしいアイデアだわ!」と言った。
「アンドレウ侯爵家が社会奉仕に力を入れていることのアピールになるし、社交の場での話題作りにももってこいよ」
もしかしたら反対されるかもしれないと覚悟していたイザベルは、好意的なバルバラの発言にほっとする。
「旦那様はいかがですか?」
イザベルがアレックスにも意見を求めると、彼はふむと頷いた。
「悪くないアイデアだと思う。ちょうど、昔アンドレウ侯爵家が魔術研究に使っていた施設の跡地が空き地になっている。住宅地に近くて立地もいいから、そこを使ってはどうだろう?」
「はい! ありがとうございます!」
まさか、土地まで提供してもらえるとは渡りに船だった。
アンドレウ侯爵家は魔導士の家系で代々魔術で身を立ててきた。アレックスが言う『施設の跡地』とは、魔法庁が設立される前に私設の研究施設を作っていた跡地なのだという。
「おかーさまー! みて!」
話に夢中になっていると、ルイスの呼ぶ声がした。
声のほうを見ると、ジャングルジムの三段目まで登って得意げに片手を振っている。
「まあ、ルイス。すごいわね」
イザベルは笑顔で、ルイスのほうへ歩み寄る。
「おかーさま、おとうさまとばっかりおはなししてる」
ルイスは少しだけ不満そうな顔をしてイザベルに文句を言う。
なんだかその姿が嫉妬しているようにも見えて、イザベルはふふっと笑った。
「ごめんなさい。つい夢中になってしまったの」
「ぼく、おかあさまとせのたかさいっしょだよ」
「そうね」
いつも見上げているイザベルと目線の高さが同じなのが嬉しいようで、ルイスは誇らしげだ。
(あー、可愛い。本当に、このままで大きくなってね)
こんな天使を激やばヤンデレ男になんて、絶対にさせない。
ルイスが自分のほうへ手を伸ばしてきたのでイザベルが一歩彼に近づくと、ルイスは嬉しそうに笑ってイザベルに抱きついてきた。
イザベルはそのままルイスを抱き上げて地面に下ろそうとするが、ルイスはますますぎゅっと腕に力を込めて離れようとしない。
「ルイス。下りなさい」
アレックスが注意すると、ルイスは「やだ!」と首を振る。
「我が儘を言うな。お母様が疲れてしまうし、ドレスが汚れる」
眉根を寄せたアレックスが再度注意すると、ルイスはぷくっと頬を膨らませて口を尖らせる。ちらっとイザベルの顔を見て「おかあさま、つかれる?」と不安そうに聞いてきた。
(か、可愛い!)
やることなすことがいちいち可愛すぎる。可愛いが大渋滞している。
こんなに可愛い姿で抱っこをおねだりされたら断れるわけがない。
「大丈夫よ。お母様、腕の力はなかなか強いの」
なんでもないことのように言うと、ルイスは嬉しそうに笑う。
「おかあさま、だいすき」
ふわりと微笑んだルイスに言われた一言に、イザベルはハッとする。
(初めて大好きって言ってくれたわ)
これまでも態度から自分を慕ってくれていることはわかっていたが、改めて言葉で伝えてくれたことに胸の内がじんわりと温かくなる。
「ルイスはイザベルさんが本当に大好きなのね」
三人のやりとりを見ていたバルバラが目を細める。
「うん、だいしゅき」
ルイスはそう言うと、イザベルの首に回している両腕に力を籠める。
(少しはいい母親になれているかしら?)
イザベルの知るグラファンの世界のイザベル・アンドレウは、背筋が凍るような残虐さを持つ悪虐継母だった。それこそ、義理の息子であるルイスの人格を歪めてしまうほどに。
最悪の未来を変えたくて数カ月間奮闘してきたが、その努力が全く無駄ではなかったという手ごたえを感じて、とても嬉しく思う。
(どうか、この子が幸せな未来を迎えられますように)
「お母様もルイスのことが大好きよ」
イザベルはありったけの愛をこめて、ルイスのこめかみにキスをした。