(36)
明るい室内に、子供達の楽しげな声が響く。
イザベルがジェシカに初めて会ってから早ひと月半。ルイスとレオンは毎週のようにお互いの屋敷を行き来して、楽しい時間を過ごしていた。
今夢中になっているのは、最近外国で走り始めたという「汽車」のおもちゃだ。床に線路に見立てた木のおもちゃを並べてゆき、その上に汽車のおもちゃを走らせる。
前世の世界でも男の子は車や電車が好きだったが、この世界でも同じようだ。
ふと、ルイスが窓の外を見る。
「おかあさま。おそといきたい」
「外?」
「うん。きのぼりする」
イザベルはジェシカのほうを見ると、目が合ったジェシカは小さく頷いた。
「いいわよ。行きましょう」
「「やったー!」」
ルイスとレオンは大喜びで廊下に飛び出す。けれど、以前花瓶を落としたことを思い出したのか走ることはなく早歩きで外に出て行った。
「楽しそう」
イザベルは木に登って「みてー!」と叫ぶルイス達を見て目を細める。
「落ちないように気を付けてね」
「うん」
ルイスは慎重に足元を見ながら、木の上を進んでいた。子供が遊ぶためにある木ではなく、元々アンドレウ侯爵家の庭に生えていた木だ。
ところどころで足元がおぼつかなくなり、イザベルはひやひやする。
(前世で言う、児童公園みたいな場所があればいいのに)
そうすれば今よりも安心してルイス達を遊ばせることができるし、彼らも喜ぶだろう。
そのとき、ふと閃いた。
(そうだわ。ないなら、作ればいいじゃない!)
幸いにして、アンドレウ侯爵家の庭園は広い。一画を潰してルイスのための遊具を置いた公園を作ることもできるだろう。
滑り台にブランコ、木馬など、作りたいものが次々に思い浮かぶ。
(よし。早速、アレックス様に相談してみましょう)
ルイスのためだと言えば、アレックスも協力してくれるはずだ。
その日の晩、イザベルは早速アレックスにそのことについて相談した。
「庭を改造したい?」
イザベルの相談に、アレックスは目を瞬かせる。
「はい。少し大がかりに変えたいのですがよろしいでしょうか?」
「きみの好きにすればいい」
「ありがとうございます!」
ルイスのためだと説得するまでもなく許可が出た。最近のアレックスは屋敷のことを任せてくれるようになり、イザベルは嬉しく思う。
(無駄遣いしたって思われないようにしっかりとしたものを作らないと)
この世界に児童公園はないので、設計士や大工にイメージをうまく伝えられるだろうか。
イザベルはやる気を漲らせたのだった。
──そして一カ月後。
いよいよイザベル発案の公園がお披露目されるこの日、イザベルはジェシカやレオン、それに義母のバルバラも屋敷に招待した。
イザベルは皆をアンドレウ侯爵家の庭園の一画へ案内する。そこは、工事中に子供たちが近づいて怪我をしないように布でしっかりと養生されていた。
「おかあさま、ここはなあに?」
「きっとルイスやレオンが喜ぶものよ。楽しみにしていて」
イザベルは体を屈め、ルイスに笑いかける。
庭で遊ぶのが大好きなふたりのことだから、きっと気に入ってくれると思っている。
「奥様。外してよろしいでしょうか?」
「ええ。お願い」
大工に聞かれたイザベルは頷く。大工は数人で、手早く養生用の布を取り去った。
「わあ。すごい! きのおしろだ!」
興奮したようにルイスが目を輝かせる。
正確に言うと、木のお城ではなくジャングルジムと網梯子、滑り台などがひとつになった複合遊具なのだが、てっぺんに三角形の屋根と風見車を付けているのでルイスにはお城のように見えたのだろう。
さらに、シーソーや木馬の遊具、砂場やブランコも用意した。
「イザベルさん。面白いものを見せてくれると聞いていたけど、これは一体?」
招待したバルバラは困惑の表情をみせる。
「こちらは、子どもが遊ぶためだけに作った公園です」
「子供が遊ぶだけのための公園?」
バルバラは驚いたように目を丸くする。
この世界では公園というと美しく手入れされて草花が配置された、大人たちの憩いの場だ。児童用の遊具のある公園など存在しないので、戸惑うのも当然だった。
「はい。前々からルイス達が安心していつでも自由にのびのび遊べるようにしたいと思っていたんです。でも、手ごろな場所が見つからなかったので、作ってみました」
イザベルはにこりと微笑む。
「おかあさま。ぼくあそんでいい?」
「もちろんよ」
「まって、ルイス。ぼくも!」
大喜びで遊具に駆け寄るルイスをレオンも追いかける。
ふたりとも使い方を教えたわけでもないのに大喜びで滑り台を滑り降りていた。
「おかあさま、みて!」
「見ていたわ。すごいわね」
「うん。へへっ」
ルイスは誇らしげに胸を張ると、嬉しそうに微笑む。
(か、可愛い……! 天使の微笑み、いただきました)
この笑顔が見られただけで、作った甲斐があったというものだ。
その後、別の遊具もルイス達は試してゆく。ブランコは最初戸惑っていたものの、揺らすのを手伝ってやるとすぐに要領を得て大喜びしていた。
「凄いな。これらは全部きみが考案したのか?」
そう尋ねてきたのは、アレックスだ。
「わたくしがと言いますか……」
イザベルは言葉を濁す。
イザベルが考案したと言われればそうなのだが、元となったアイデアは全て元の世界にあったものだ。全部わたくしが考えましたと言うのは気が引けた。
「こういうものが、遠い国にあるという話をたまたま知る機会がありまして。それで、スランでも作ってみたらいいのかもと思いまして──」
嘘は言っていない。
日本という国、まあ日本だけに限らないが、のそこかしこにあるのを前世でたくさん目にした。それで、この世界でも作ったらいいのではないかと思ったのだ。
「なるほど、大したものだ。ルイスも喜んでいる。ありがとう」
アレックスがフッと笑う。