❖ サラの怒り
イザベル達がグメークの森で行方不明になりかけた翌日、いつものようにアンドレウ侯爵家にやってきたサラは自分の耳を疑った。
「今、なんて?」
「ここに来るのはしばらく控えてくれと言ったんだ」
「……どうして? 私、何かした?」
アレックスはその問いに答えることなく、息を吐く。
その態度に、余計に苛立った。
「どうしてよ! わかったわ。あの女ね? あの女の告げ口でそんなこと言い出したんでしょう!?」
サラは執務椅子に座るアレックスに詰め寄る。
今までサラの好きなようにさせてくれていたアレックスが急にこんなことを言い出すなんて、イザベルの仕業としか思えなかった。
「あの人、どうぜグメークの森に行ったのは私の仕業だって言ったんでしょう? そんなことするわけないじゃない。私がアレックスと親しくしているのが気に入らなくて、私を追い出そうと悪者にしているのよ!」
サラは目に涙を浮かべ、アレックスに訴える。
「イザベルは関係ない。俺がそうするべきだと判断した」
「でも! 私がいなくなったら屋敷のことも色々と困るはずだわ」
「問題ない。イザベルに任せる」
「……なんですって?」
思わぬ返事に、サラは思わず聞き返す。
アンドレウ侯爵家は永らくバルバラが女主人として切り盛りしていたが、その後はアレックスの前妻へとその役目は引き継がれた。だが、前妻は屋敷のことをそっちのけで外の男とあそび歩くようになってしまったので、その穴埋めはサラがこなしていたのだ。
「そんな急に言われても、奥様も困るはずよ」
「イザベルは貴族令嬢としての一通りの教育は受けているし、母上から必要なことは教えてもらうように伝えて、少しずつだが家のことを任せ始めているし、大きな問題はないはずだ」
「なんですって?」
そんな話は聞いていなかったので、サラは眉根を寄せる。
「そもそも、本来であればこれらのことはイザベルがすべきことだ。彼女はアンドレウ侯爵家の女主人なのだから」
やや突き放したようなアレックスの言い方に、サラは呆然とする。
(なんで? ここまで根回ししてやってきたのに)
グメークの森は普段ほとんど人が立ち入らないので、多くの薬草などが手つかずの状態で残っている。それらを採ろうと森に立ち入った市民があとを絶たず、多数の犠牲がでることは有名だ。
ちょうど都合よく向こうからピクニックスポットを聞いてきてくれたと思っていたのに、とんだ誤算だった。
「わかったわ。暫くお暇するわね。でも、困ったらすぐに言ってね」
サラはにこりと笑い、物わかりのよい女を演じる。
(あの女、絶対に許さないわ)
大人しく身を引く気は一切なかった。




