(28)
グラファンのなかのレオンは、史上最年少で王都の騎士団長となった天才騎士という設定だった。
銀色の髪を靡かせ躊躇なく敵に向かってゆく姿はまるで彼自身が刃のようであり、どこか冷酷さを孕んだ目をした彼は一部のグラファンユーザーから絶大な支持を得ていたと記憶している。
(ヒロインが町歩きしている最中にならず者に襲われそうになった際、さっそうと現れてヒロインを救い出したのがふたりの出会いだったはず──)
グラファンの中のレオンは所謂ツンデレというやつだ。
最強の天才騎士団長。クールでときに釣れない態度を取るくせに、ふとした際に激しい独占欲を見せてヒロインの全てを奪いつくす危険な男──。
(この天使が……!)
イザベルは衝撃を受けた。
(礼儀正しい真面目少年かと思いきや、きみもちょっぴり危険な男になってしまうのね)
ルイスほどのヤバい男ではないものの、こんな天使が……という思いを抱かずにはいられない。グラファンのシナリオ責任者は一体、どういうつもりであんな設定にしているのか。
「あ、あの……イザベル様? どうされたのですか?」
恐る恐る尋ねる声が至近距離で聞こえ、イザベルはハッとする。
(いけない! ジェシカ様がいらっしゃるのに!)
衝撃の事実に驚きすぎて、つい大声で叫んだ挙句に立ち上がっていた。イザベルは慌てて椅子に座る。
「ごめんなさい。窓際に虫が見えた気がしたのだけど、気のせいだったわ」
その場逃れの言い訳を並べて、イザベルは取り繕う。
「まあ、虫が?」
ジェシカは眉を顰め、窓のほうを見る。
「気のせいだったので大丈夫です」
イザベルはおほほっと笑う。そのとき、ルイスがイザベルの元に歩み寄り、「おかあさま」と彼女を呼んだ。
「どうしたの?」
「ぼく、おにわにいきたい」
「お庭に? レオンも行きたいって言っているの?」
イザベルの問いに、ルイスはレオンのほうを見る。すると、レオンは無言で頷いた。
どうやら、庭に行くことへの同意は取れているようだ。
「ジェシカ様。ルイスとレオンを庭園で遊ばせてもよろしいでしょうか?」
イザベルはおずおずとジェシカに尋ねる。貴婦人の中には、洋服が汚れることを嫌ったり、子供が土を触るのを嫌がって子供を外で遊ばせたがらない人もいるのだ。
だが、ジェシカはイザベルの心配をよそに笑顔で頷いた。
「ええ、もちろん」
その返事とほぼ同時に、「やったー」と子供達の声がする。
「ぼく、さきにいってるね」
ルイスはイザベルの横をあっという間にすり抜けてゆく。
「ぼくもいく」
ルイスのあとを、レオンも追いかけた。
部屋を飛び出したふたりを見て、イザベルは慌てる。
「ルイス、待って! ルイス!」
慌てて立ち上がって廊下に出ると、十メートルくらい前方を駆けていくルイスが見えた。
「廊下は走っちゃだめよ! 危ないわ!」
そう言った次の瞬間、ばったーんと音がした。案の上、ルイスが転んだのだ。
さらに、廊下に置かれた花瓶台にぶつかり、花瓶が床に転がり落ちた。びっくりしたレオンが立ち止まる。
「ルイス!」
廊下でうつ伏せになったルイスは「ふぇっ」と泣き声をあげた。
(いけないっ!)
ルイスが感情を乱すと、魔力暴走が起きてしまう。もしその様子をレオンとジェシカが見たら、きっと怖がって二度と遊んでもらえなくなってしまうだろう。
イザベルは咄嗟に彼を抱き起こすと、そのまま胸に抱き上げた。
「ルイス。怪我はない?」
「うん……。おかあしゃまごめんなしゃい」
ルイスは涙をたくさん溜めた目で、散らばった花と転がる花瓶を見る。ジェシカたちが来るからと、イザベルがわざわざ飾らせたものだ。
「怪我がなくてよかったわ。でも、廊下を走ってはだめよ。今みたいに転んで、怪我をするかもしれないわ。それに、誰かにぶつかって相手を怪我させてしまうかもしれないの」
「うん」
「謝れて偉かったわね。これは片付けておくから大丈夫よ」
イザベルは微笑んで、ルイスの頭をぽんぽんと撫でる。
そして、騒ぎに気付いて駆けつけた使用人達に「悪いけど、片づけをお願いできるかしら?」と声を掛けた。
「かしこまりました」
「ありがとう」
イザベルは使用人にお礼を言うと、抱っこしていたルイスを下におろす。そして、後ろで立ち尽くしていたレオンとジェシカに笑いかけた。
「びっくりさせてしまってごめんなさいね。さあ、行きましょう」
ルイスと手を繋ぎ、庭へと歩き始めたのだった。
◇ ◇ ◇
アンドレウ侯爵家の庭園には、テーブルと椅子が備えられたガゼボがある。
イザベルとジェシカは、そこに座って子供達を見守ることにした。
「ルイスのことは、いつもこんな感じで面倒を見ているの?」
「四六時中というわけではないのだけど、手が空いているときやルイスが遊んでほしそうにしているときはできるだけ気に掛けるようにしているわ」
イザベルは頷く。