(26)
「では、風呂に入ってこい」
「おふろはいったあと、おとうさまとあそべる?」
「ああ」
「じゃあぼく、いそいではいってくる。やくそくだよ?」
「ああ、約束だ」
アレックスが頷くと、ルイスは右手の小指をアレックスに差し出してきた。
「なんだ?」
「こゆびをからめるの。やくそくをまもりますっていうちかいだって、おかーさまがいってた」
アレックスは初めて聞く、誓いの習わしだ。随分と変わった誓いの方法だと思ったが、アレックスはルイスに合わせて彼の小指に自分の小指を絡める。
すると、ルイスは満面の笑みを浮かべた。
宣言通り、ルイスはあっという間に風呂を終わらせてきた。
ちゃんと体を洗ったのか心配になるほどだったが、使用人によるとしっかりと洗っているという。
「髪を濡らしたままうろうろすると風邪をひくぞ」
アレックスは風の魔法を使って、ルイスの濡れている髪の毛を乾かしてやる。
ルイスは自分の髪の毛を数本摘まみ、寄り目気味に見る。
「かわいてる。これ、まほう?」
「そうだ」
「おかあさまがね、ぼくはすごいまほうつかいになれるって」
「ああ。そうだな」
アレックスは頷く。アンドレウ侯爵家は代々、有能な魔術師を輩出してきた。ルイスもきっと、そうなるだろう。
「せんせい、いつきてくれるの? くるんでしょ?」
魔力制御の家庭教師が来ることをイザベルから聞いたのだろう。ルイスは目をきらきらさせて、アレックスを見上げる。
「来週だ」
「らいしゅう……ぼく、おとうさまぐらいりっぱなまほうつかいになれる?」
「なれるとも」
「えへへっ」
ルイスは嬉しそうに笑う。
その笑顔を見たアレックスは釣られるように笑った。
(ルイスとこんな風に過ごすのは、初めてかもしれないな)
イザベルに時間を取ってくれと言われたときは、正直ルイスが寂しがっているという話に半信半疑だった。しかし、こうして嬉しそうにしている姿を見ると、多少無理してでも仕事を切り上げて帰ってきてよかったと思う。
「そうだ。おとーさまにこれみせてあげる」
ルイスはふと思い出したように、サイドボードのほうへ行き、庭で見つけた色とりどりの小石を入れたガラス瓶を持ってくる。アレックスのすぐ横に座ると瓶から小石を取り出し、テーブルに並べ始めた。
「おとうさまにはこれとこれをあげるね」
ルイスはそのうちのふたつを手に取ると、アレックスに手渡した。
「ありがとう」
小石を手に取った瞬間、違和感を覚えた。
(……? 気のせいか?)
小石にルイスの魔力が籠っているような感覚がしたのだが、気のせいだと言われればそうかもしれないと思う程度の違和感だ。それに、魔力を魔導具でもないものに込めるなど聞いたことがない。
「おとーさま? どうしたの?」
「ああ、なんでもない」
アレックスはハッとして表情を取り繕う。
「おまもりだよ。ちゃんともっててね」
「おまもりか。わかった」
アレックスは手で小石を握り締めると、息子に向かって微笑んだ。
その後も、ルイスは自分の描いた絵を見せてきたり、お気に入りの絵本を出してきたりとずっとはしゃいでおり、眠ったのはいつもよりだいぶ遅い時間だった。
アレックスはルイスをベッドに寝かせてから、最近描いたという絵を眺める。
(確かに上手いな)
息子にこんな才能があったとは、全く知らなかった。
子供の成長の早さには、驚かされるばかりだ。
庭の風景の端には、女性が描かれている。髪の毛が赤みを帯びているので、イザベルを描いたのだろう。口元は弧を描いており、微笑んでいるように見えた。
(彼女はルイスの前では、いつもこんな表情をしているのだろうな)
なぜイザベルが人が変わったように豹変したのかはわからない。ただ、彼女の変化はルイスやアレックスにとって、歓迎すべき変化であることは間違いなかった。
アレックスは眠っているルイスの髪の毛をそっと撫でる。
「おやすみ。よい夢を」
そっと毛布を掛け直してやると、部屋をあとにした。