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「ルイスに、魔力制御の訓練をさせてください」
「ルイスはまだ四歳だぞ?」
アレックスは眉根を寄せる。その表情から、彼もバルバラ同様に『まだ早すぎる』と感じていることが伺えた。
「ルイスは魔力がとても多いのです。まだ小さな子供なので上手くできないときに癇癪を起すことがあり、たびたび魔力を暴走させています。平均的な子どもの魔力量であれば問題ないのですが、この子は違います。旦那様もそれはご存じでしょう?」
イザベルの問いかけに、アレックスは黙り込む。
ルイスが度々魔力を暴走させることはもちろん知っているし、その威力がとてつもなく大きいことも、アレックスはよく知っている。池の一件の際にルイスが魔力を暴走させた際も、魔法庁長官であるアレックスですら抑え込むのが大変なほどだったのだから。
「ルイスの世話を使用人達がしたがらないのは、この子が度々魔力を暴走させるので皆が怖がっているからです。本当はとても愛らしくていい子であることを知っているのに、身の危険があるため避けています。だから、ルイスが魔力を制御する術を身に付ければきっと態度が変わります」
何も答えないアレックスに対し、イザベルは更に熱弁を振るう。
その様子は、アレックスには心からルイスを心配しているように見えた。
(確かに、この調子で魔力量が増え続ければ、いずれ死者が出ても不思議ではない。その前に訓練を受けさせるべきか)
4歳で魔力制御の訓練を始めるなど聞いたことがないが、事実としてルイスが魔力制御できず実害が出ているのは確かだ。イザベルの意見には一定の説得力があるとアレックスは考えた。
「わかった。私が教えられれば一番よいのだが、生憎そこまで時間を確保することは難しい。信頼のおける家庭教師を呼ぼう」
「ありがとうございます!」
イザベルはパッと表情を明るくする。
「最後にもうひとつ……」
「まだあるのか?」
アレックスは器用に片眉を上げる。
「……ルイスの前では、わたくしとの関係が悪くはないように振る舞ってほしいのです。子供は両親の関係にとても敏感です」
もしかすると、このお願いは聞き入れられないかもしれないと、イザベルは拒否されることも覚悟していた。
だが、ルイスのことを考えると両親が冷え切った関係であることはできるだけ見せたくないと思ったのだ。
「旦那様がわたくしのことをお嫌いなのはよく存じ上げています。けれど、ルイスのためにお願いします」
イザベルはアレックスに向けて、深々と頭を下げる。
(……無理かしら?)
すぐに返事がないので、イザベルは半ば諦めの気持ちで顔を上げようとする。そのとき、頭上から「……わかった」とアレックスの声がした。
「え? よろしいのですか?」
イザベルは驚いて、顔をがばっと上げてアレックスに聞き返す。
「ルイスのためなのだろう?」
「ええ、そうです」
イザベルはこくこくと頷く。
確かに理由はルイスのためだ。しかし、まさか承諾してもらえるとは思っていなかった。
(これでルイスが周りの人から愛されているって自信を持ってくれれば、将来もきっと──)
真っ暗闇のトンネルに、一筋の光明が差したような気がした。
◇ ◇ ◇
仕事をしていた手を止め、時計を見る。時刻は夜七時だ。
「そろそろ帰るか」
アレックスは机の上の荷物をまとめ、帰り支度をする。部屋を出ると、廊下で若い部下に出くわした。
「あれ? 長官、もうお帰りですか?」
「ああ」
「珍しいですね」
「たまには息子のために時間を取ろうと思ってな。何か用事があるなら部屋に戻るぞ?」
「いえ、何も用事はありません! 息子さんのために帰るの、とてもいいと思います! 楽しい時間をお過ごしください」
部下は明るい表情でそう告げる。
本当に何も用事がないのかと再度聞き返しても「何もない」というので、アレックスは馬車へと向かうことにした。廊下では他にも何人かの部下とすれ違い、ほぼ全員から「今日は早いんですね」と驚いた顔をされた。
(そんなに俺が早く帰るのが珍しいか?)
改めて考えてみると、どこかに外出して直帰した日以外は毎日深夜まで職場にいた気がする。
(最後にルイスのためにしっかり時間を取ったのはいつだったかな)
顔を合わせていなくてもドールやサラから日中の様子を聞けるので、気が付かなかった。
屋敷に戻ると、ルイスは部屋から階下に駆け下りてきた。
「おとーさま、おかえりなさい!」
自分が起きていてよい時間にアレックスが帰ってきたのがよっぽど嬉しいようだ。
「ただいま、ルイス。もう夕食は取ったか?」
「うん。ぼくぜんぶたべたよ」
「そうか、偉いな。風呂は?」
ルイスは首を左右に振る。




