(24)
「急にどうしたのですか?」
「どうしたとは? 誤ったことをしたのなら、誠心誠意謝罪する。当然のことをしているだけだが」
「はあ」
気が抜けた返事が口から漏れる。真面目を絵に描いたような回答だ。
「なぜ誤解だと?」
「ルイスが泣きながら抗議してきた。これまでこんなに怒ったことなど一度もなかったから事情を聞いたら、あなたは助けようとしていただけで断じて落としたりしていないと」
「ルイスが?」
イザベルは驚いてルイスを見る。
「だって、おかーさまはぼくをおとしたりしないもん!」
ルイスはアレックスを見つめ、頬を膨らませる。
「どういうことかと考え、使用人達に普段のあなたの様子を確認した。皆、口を揃えてあなたはルイスをとても可愛がっていると」
「使用人の皆様が……?」
思いがけない話で、胸がジーンとする。
結婚したとき、アンドレウ侯爵家の使用人達は明らかにイザベルのことを嫌っていた。
彼らはアレックスに嘘を伝えてイザベルを追い出すことだってできたはずだ。それなのに好意的な証言をしてくれたことに、彼らとの関係性が変わりつつあることを感じた。
(めげずに話しかけていた成果かしら)
ルイスにお菓子を作るたびに、使用人の皆さんにも配って少しでも会話しようと心がけていたことが無駄ではなかったとわかり、感動もひとしおだ。イザベルは知らず知らずのうちに口元に笑みを浮かべる。
「あなたに、ルイスに近づくなと言ったことは撤回する。その……ルイスはあなたを随分慕っている。もし嫌でなければ、これからも遊んでやってほしい」
「嫌だなんて、一度も思ったことはありません。だって、こんなに可愛いですもの」
イザベルはルイスの頭を撫でる。艶やかな黒い髪が、指先の合間から零れ落ちる。
「ぼくもおかあさまがすき!」
「まあ、ありがとう」
イザベルはくしゃりと相好を崩す。
世界中の可愛いがここに集約されている。
もう、存在そのものが可愛い。
天使みたい、ではなく、本物の天使なのではなかろうか。
「また一緒に遊びましょうね」
「うん!」
ルイスはとても嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。
ルイスはアレックスとイザベルがふたり揃っていることが余程嬉しかったのだろう。
食事を終えたあとも三人でリビングでお喋りをすると言って聞かず、しばらくはしゃいだ後に疲れて眠ってしまった。
イザベルはソファーに横になってすやすやと寝息を立てるルイスに毛布を掛ける。
「この子は本当にあなたに懐いているのだな」
アレックスがぼそりと呟く。彼はルイスの寝顔をじっと眺めていた。
「ルイスとは普段、どんなことを?」
「色々です。晴れた日は先日のように庭に行って、雨の日は絵本を読むことが多いです。最近は、楽しかった思い出の絵を描くのも好きみたいです」
「絵を描く……」
アレックスは意外そうに呟く。ルイスが絵を描くことが好きだと、全く知らなかったようだ。
「明日、ルイスに『絵を見せて』と聞いてみてください。とてもお上手ですよ」
「そうか」
アレックスは僅かに目を細める。
(仕事が忙しくて構う時間がないだけで、ルイスのことを蔑ろにしているってわけではなさそうね)
イザベルはアレックスの様子を注意深く観察する。少なくとも、イザベルの目にはアレックスは父親としてルイスのことを気にかける意思はあるように見えた。
「旦那様、いくつかお願いがあります」
イザベルはおずおずと口を開く。
「お願い?」
「はい。まずひとつは、毎日、五分でもいいのでルイスのための時間をとってくださいませんか」
「時間を?」
「はい。この子はとても聡い子です。旦那様が忙しいことを敏感に感じ取って、子供心に邪魔しないように気を遣っているのです。でも、本当は少し寂しいようで」
イザベルはルイスの髪を撫でる。
「……そうか、わかった」
「それと、もうひとつ」
イザベルはアレックスを真剣な眼差しで見つめる。




