(23)
「きれいだから、ひろったの。おかあさまにあげたらよろこんでくれて、おとうさまにもあげたらきっとよろこんでくれるっていってくれたから──」
ぽつりぽつりと事情を話し始めたルイスの話から、アレックスはルイスが自分にプレゼントするために綺麗な小石を探していたところ、誤って自分から池に落ちてしまったようだと理解した。
「どうしてルイスはお母様と一緒にいたんだ?」
「おそとであそびたいっていっても、ほかのひとはいやそうなかおするけどおかあさまはにこにこしていっしょにいってくれるの」
「そうか……」
使用人達から聞いた話とルイスの言っていることはなんら矛盾していない。つまり、本当にイザベルはルイスの面倒をみており、先日も突き落としたわけではなかったのだろう。
(どうしてイザベルはこの短期間にこうも豹変したんだ?)
なぜだろうと考えたが、これはというものは思いつかなかった。
だが、善意でルイスの面倒を見ていたイザベルをアレックスが糾弾したという事実は間違いないようだ。
アレックスに怒鳴りつけられ、呆然とした表情で見返してきたイザベルの顔が脳裏に蘇る。
(彼女に謝罪しなければ)
これまでの自分の態度を思い返すと彼女にあわす顔がない。
アレックスはぎゅっと拳を握り締めた。
◇ ◇ ◇
バルバラと会った翌日、イザベルはアレックスからの言付けを聞いて戸惑った。
「旦那様がわたくしに?」
「はい。夕食にいらしてほしいと」
「……そう」
イザベルは言付けを預かっていたエマから目を逸らす。
(遂に、離婚を切り出されるのかしら?)
先日の怒りようから想像するに、それ位しか用事が思いつかなかった。
(大奥様に相談したけど……無駄だったみたいね)
悔しさからぐっと唇を噛む。
まだ結婚して一カ月くらいしか経っていないというのに、随分と短い結婚生活だった。
その日の夜、イザベルは緊張しつつも、きちんとダイニングへと向かった。
思えば、アレックスと食事を共にするのは結婚した日以来だ。何度もお願いしてようやく叶った対面が離婚決定の日の晩餐だとは、なんとも皮肉なものだ。
イザベルはすーっと息を深く吸い込み、気持ちを落ち着かせるとダイニングのドアノブに手をかける。
「旦那様、お待たせいたしました」
丁寧にお辞儀をしたその瞬間、「おかあさま!」と愛らしい声がしてスカートの辺りにぽすんと衝撃を受ける。
「え? ルイス?」
ルイスがいるとは思っていなかったので、イザベルは驚いた。ルイスはイザベルの腰のあたりに抱きつき、嬉しそうにしている。
「きょうはさんにんでごはんたべようね」
ルイスはイザベルの手を両手で掴むと、ぐいぐいと椅子のほうへと引っ張る。
(離婚話に子供が同席するの?)
アレックスの意図がわからず、イザベルは彼を見る。目が合うと、アレックスはイザベルに座るようにと目で合図した。イザベルは仕方がなく、彼の正面に座る。
「いただきまーす」
ルイスの可愛らしい声が合図となり、食事をとり始める。
「ぼく、これしゅきなの」
ルイスがチキンのクリーム煮を美味しそうに頬張る。
「そう。たくさん食べて大きくならないとね」
「うん!」
「池に落ちたあと体調に変わりはない? お熱は出ていないわね?」
「うん、大丈夫!」
ルイスはもりもり食べながら、にこっと笑う。
(よかった……)
大事なくてほっとする。この笑顔を見ているだけで癒される。アレックスと離婚することは全く問題ないが、ルイスと会えなくなってしまうことだけが心残りだ。
イザベルはもう遠くから祈ることしかできないが、どうかヤバいヤンデレ男にならずに育ってほしいと思う。
(それにしても──)
先ほどから感じるのはアレックスの視線だ。何もしゃべらずに、イザベルを観察するようにじっと見つめている。
(気まずいわ)
人からじっと見られるのは、あまり気持ちがいいことではない。しばらく気づかないふりをしていたが、とうとう耐え切れなくなりイザベルはアレックスを見る。
「旦那様。わたくしの顔に何か付いていますか?」
イザベルの問いかけに、アレックスはハッとしたような顔をして気まずそうに目を逸らす。そして、所在なさげに視線を移動させてから再びイザベルを見た。
「先日、ルイスが池に落ちた件だが──」
(やっぱりその件なのね)
予想通りだ。ルイスが見ている前で、改めてイザベルを糾弾するつもりなのだろうか。
身構えていると、突然アレックスが頭を下げる。
「私が誤解していたようだ。悪かった」
「……え?」
全く想像していなかった展開に、イザベルは驚いた。
「私はきみがルイスを池に突き落としたのだと勘違いした。事実を確認せずに思い込みで糾弾したことを謝罪しよう」
「あの──」
突然すぎてなんと答えればいいのか咄嗟に言葉が出てこない。一体アレックスに、どんな心境の変化があったのだろうか。




