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   ◇ ◇ ◇


 白髪交じりの金髪をひとつにまとめ、目はアレックスを彷彿とさせる深い青。引退して今は別邸で過ごしていると聞いていたのでもっと年老いた人を想像していたのだが、背筋がピシッと伸びていてむしろ年齢よりも少し若く見える。


 結婚式ぶりに会うアレックスの母──バルバラ・アンドレウはアンドレウ侯爵家を切り盛りしてきた〝しっかり者の女主人〟という言葉がぴったりの人だった。


「つまり、イザベルさんはルイスの将来が心配だと?」

「はい。ルイスには今現在、同じ年頃の友人がひとりもおりません。いつも部屋で過ごしていて、その部屋にはおもちゃがひとつもない。彼の環境を改善すべきだと思います」


 イザベルは緊張しつつも、バルバラに自分の意見を伝える。


 初めてルイスの部屋に入ったとき、どこか違和感を覚えた。

 何に違和感を覚えたのかずっとわからなかったのだが、最近ようやくルイスの部屋には4歳児が遊ぶであろうおもちゃが何もないということに気付いた。

 

 それに、ここに嫁いで早一カ月が経とうとしているが、その間にルイスが同じ年頃の子どもと遊んでいたことは一度もなかった。

 幼いときから同じ年頃の子どもと交流することは、社会性を身に付ける上でとても重要な役割を果たすとイザベルは考えていた。


「話はわかりました。ルイスの親戚にちょうど同じ年頃の男の子がいるの。アレックスの従姉妹のジェシカの息子よ。その子を今度、紹介するわ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 イザベルはパッと表情を明るくする。


(やっぱり、大奥様に相談して正解だったわ)


 こんなに早く、話が進むなんて。もっと早く相談するべきだった。


「ルイスに魔力制御の訓練をさせるかについてはアレックスにも相談する必要があるわね。四歳で魔力制御の訓練を始めるなんて聞いたことがないわ」

「はい、それは存じております。ただ、ルイスは現に魔力を暴走させてたびたび騒ぎになっています。これ以上放置するのはよくないかと」


 イザベルは熱を込めて自分の意見を言う。ルイスの魔力制御については一刻も早く始めるべきだ。

 その熱意が伝わったのが、バルバラは「それもそうね」と呟く。


「それともうひとつ、この屋敷のことだったかしら?」

「……はい」


 バルバラに尋ねられ、イザベルは恐る恐る頷いた。


(呆れられるかしら?)


 正直言って、嫁いで一カ月も経つのに屋敷のことを一切何も知らない女主人など異常だ。このことについてはバルバラから叱責されるかもしれないと覚悟している。


「どういうつもりでこういうことになっているのか、アレックスに確認するわ」

「はい。ありがとうございます!」


 イザベルは深々と頭を下げる。

 

(よかった。これできっと──)


 そのとき、バルバラが紅茶を飲もうとして手を滑らせ、ローテーブルの上にガシャンとティーカップが落ちた。ガシャーンと陶器の割れる音が部屋に響く。


「大変! 大丈夫ですか!?」


 イザベルは咄嗟に立ち上がり、持っていたハンカチを差し出す。

 淹れたての紅茶はまだ熱々だった。もし体にかかれば、火傷になってしまう。


「あらっ、わたくしったらごめんなさい」

「いえ、構いません。それより、お怪我はありませんか?」

「わたくしは大丈夫よ。ああ、イザベルさんのドレスが──」


 おろおろするバルバラの視線で、イザベルはローテーブルから滴り落ちた紅茶が自分のスカートにかかっていることに初めて気づいた。きっとこれは、淡いベージュ色のドレスにシミになって残ってしまうだろう。


「気にしないでください。洗えば目立ちません。それに、ドレスは替えが利きます。大奥様にお怪我がなくて安心しました」


 イザベルはバルバラを安心させるように微笑む。

 そうこうするうちに、紅茶が零れたことに気付いたエマが片付けを済ませてくれた。


「じゃあイザベルさん、また今度」

「はい、ありがとうございました。お会いできてうれしかったです。あ、あと、よろしければこれを」

「これは何かしら?」


 イザベルが差し出した小袋を見て、バルバラは首を傾げる。


「お菓子です。最近王都に流行っているメーカーの物なのですが、とても美味しいので是非大奥様にも食べていただきたくて。たくさん用意したので、屋敷の皆様とどうぞ」


 バルバラは虚を衝かれたような顔で小袋を見つめ、その後にこりと笑った。


「ありがとう。いただくわ」


 バルバラが受け取ったことにイザベルはホッとする。

 それを持ってドアに向かって歩き始めたバルバラが何かを思い出したようにイザベルのほうを振り返る。


「そうそう、肝心なことを伝え忘れていたわ。アンドレウ侯爵家へようこそ、イザベルさん。これからよろしく」


 微笑みを浮かべたバルバラの言葉に、イザベルは驚いて目を見開く。

 まさか、歓迎の言葉を貰えるとは思っていなかったから。


「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」


 イザベルは花が綻ぶような笑みを浮かべた。


   ◇ ◇ ◇


 ──今日の日中のことだ。

 魔法庁にあるアレックスの職場に、突然バルバラが訪ねてきた。


「アレックス。イザベルさんは、あなたが彼女に女主人としての仕事をする許可を与えないことを悩んでいるようよ」


 バルバラにそう伝えられ、アレックスは眉根を寄せる。


「イザベルは母上に告げ口をしたのですか?」

「人聞きの悪いことを言わないで。彼女はわたくしに相談したのよ」


 バルバラはアレックスの言葉を訂正する。


 アレックスがイザベルに女主人としての仕事を頼まないのは、彼女はそれを任せるには難がありすぎるからだ。初日のことから始まり、報告書に書かれた今までの行動の数々を考えるととてもまともに女主人の仕事を全うできるとは思えない。


 アレックスは魔法庁の長官をしており多忙だ。イザベルに任せることで、余計な仕事が増えるのは避けたい。


 それを伝えると、バルバラは静かに耳を傾けてから静かに口を開く。


「あなたはその数々のトラブルに関して、事実をきちんと確認したの?」

「いいえ。サラの報告ですので」

「なぜ確認しないの? あなたは仕事でも、事実確認もせずに一方の意見を鵜呑みにするのかしら?」


 やや責めるような口調で問われ、アレックスは眉を顰める。

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― 新着の感想 ―
バルバラ様々です!!!スカッとする〜!!
バルバラ様、有能。 家庭を職場にしろとは言わないけど、同僚や部下ほど家族に気を配らない人は居るよねぇ
やったーーーー大奥様ァァァァーーー!!!!(号泣)(いつもこんなんですみません
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