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 イザベル・バレステロスはバレステロス公爵家当主である父の婚外子として生を受けた。


 平民を妊娠させてしらんぷりをする貴族も多い中、父であるバレステロス公爵から認知してもらえたイザベルはまだ運がいいのだろう。

 しかし、望まれない子供であったことに変わりはない。


 メイドでありながら夫であるバレステロス公爵の子を妊娠した母は、バレステロス公爵夫人からすれば大切な夫を寝取ったにっくき敵だった。そのため、彼女はことあるごとにイザベルの母を徹底的にいじめた。


 きつい仕事があればすぐに母に押し付け、何か不手際があればどんなことでも母を責めた。たとえそれが、母に全く関係のないことであっても。


 そんな生活に嫌気がさしたのだろう。母がイザベルを置いて家を出たのは、イザベルがまだ七歳の頃だった。

 みぞれ交じりの中、震える手で水汲みをしてから部屋に戻ると、そこはもぬけの殻だった。


 母が何を思ってイザベルを屋敷に置いていったのかはわからない。女手ひとつで子供を育て上げるのは無理だと思ったのかもしれないし、自分があの環境から逃げ出すので精いっぱいでイザベルを気に掛ける余裕などなかったのかもしれない。


 ただひとつわかることは、実の母にとってイザベルはその程度の取るに足らない存在だったということだ。


 そしてその日を境に、バレステロス公爵夫人の苛立ちの矛先はイザベルになった。憎い女から生まれたイザベルもまた、彼女にとって憎い相手だったのだ。


『お前の顔は見ているだけでイライラする。その辛気臭い顔を二度と見せるなと、何回言えばわかるの?』

『そんなこともできないなんて。無能な女の子供は、やっぱり無能なのね』


 義理の母は、イザベルを見るたびに心底嫌そうな顔をして罵った。しつけという名の暴力を振るわれたことも一度や二度ではない。


(みんな不幸になればいいのだわ)


 家族から憎まれながら過ごす日々はイザベルの人格形成に多大なる悪影響を与えた。やがてイザベルが何かと周囲とトラブルを起こしては問題になるような、典型的な〝手のかかる娘〟になったのは、自然な流れだったのかもしれない。


 だが、だからといってバレステロス公爵夫妻が真摯にイザベルと向き合うわけもない。

 バレステロス公爵はイザベルが起こしたトラブルを身分と金を笠に解決するようになり、イザベルもまた(どうせ父がなんとかするだろう)と考え、やりたい放題に過ごすようになった。


 そんなイザベルに年貢の納め時がやってきたのはもうすぐ彼女が二十一歳になろうとしている頃だった。

 こともあろうか、イザベルは度々トラブルを起こす彼女の行動をやんわりと諫めてきたとある侯爵令嬢に対し逆上し、ごろつきを金で雇ってその侯爵令嬢を襲うように仕向けたのだ。


 考えただけでも身の毛がよだつ悪行である。


 幸いにして、その侯爵令嬢はたまたま通りかかった騎士に窮地を救われ、事なきを得た。

 一方、騎士にコテンパンにやられたごろつきはあっけなくイザベルに金を渡されて頼まれたと白状した。


 いくらイザベルが公爵令嬢であろうと、侯爵令嬢にそんな鬼畜の仕業をして全くお咎めなしで済むはずもない。結果、イザベルはバレステロス公爵によって屋敷に監禁された。表向きは急病ということになっていたようだが、それを信じた人間は誰もいないだろう。


 そして、バレステロス公爵は厄介者のイザベルをなんとか追い出そうと、彼女の嫁ぎ先を本気で探し出した。

 ちょうどそのときに、妻に先立たれ後妻を探していたのがアンドレウ侯爵家当主であるアレックスだった。


 バレステロス公爵はこれ幸いと、アレックスにイザベルを妻に娶るようにと勧めた。いや、勧めたと言えば聞こえはいいが、実際には身分を笠に無理やり押し付けたのだ。


 結果、新郎新婦の両者が納得しない婚約が成立し、そのまま結婚するに至った。


 ◇ ◇ ◇


 アレックスが立ち去ったあと、イザベルはしばらく呆然としたまま鏡の前に突っ立っていた。


「あああああ。なんでこのタイミングなの⁉ ひどすぎる!」


 前世の記憶がよみがえったからといって、今世の記憶が消えるわけではない。

 イザベルはガクッと項垂れる。


(いっそのこと、何もかも忘れてしまいたかったわ…)


 しかし悲しいかな、イザベルは自分のしでかした数々の失礼や悪行をしっかりと覚えていた。

 そして、今日に至っては結婚式当日の夜に新郎であるアレックスに『こんな結婚認めない』『朴念仁』『顔も見たくない』と考えうる限りの最悪な言葉を並べ立てて糾弾したのだ。


(自分がやったこととは言え、全くもってひどい話だわ)


 アレックスからしたら、こんなとんでもない嫁が来てこっちこそ顔も見たくないという気分だろうに。


「せめて、あと一時間早く記憶が戻っていれば……」


 そうすれば、少なくともあの耳をふさぎたくなるような罵声を彼に浴びせることはなかったのに。


「どうしましょう。きっと、わたくしの印象って最悪よね?」


 むしろ、あんな暴言を吐いて最悪じゃないわけがない。

 イザベルは混乱する頭を必死に落ち着かせ、記憶を反芻する。


 先ほど一気に流れ込んできた映像が前世の記憶だとするならば、ここは間違いなく乙女ゲームの世界だ。


「たしか、イザベル・アンドレウって攻略者のひとりに殺されるんじゃなかったかしら?」


 さきほど記憶を取り戻したとき、最後に『グランハート・ファンタジア』というタイトルロールが見えた。一度だけプレイした記憶がある。


 グランハート・ファンタジア──通称グラファンは平民として暮らしていた少女がある日膨大な魔力を発現し、行方不明になった伯爵家の息女であることが判明して引き取られるところからゲームが開始する乙女ゲームだ。


 攻略対象は全部で五人。王太子、大神官、次期伯爵、天才騎士団長、天才魔術師という錚々たるラインナップの中から一人を選んで攻略していく。


 そして、今問題となるのは攻略者のひとりである天才魔術師──ルイス・アンドレウだ。

 ルイス・アンドレウは名門魔術師家系であるアンドレウ侯爵家の嫡男であり、数百年にひとりの逸材と名を馳せた天才魔術師という設定だったはず。


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