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第56話 美少女JKモデル、見上げる



 ――その後、ウチはどうやって帰ったのだろう。



 気づくと家にいて、もう一度目を閉じて開けると、学校にいた。

 今が何時間目かも、受けているのがなんの授業かもわからない。


 ただ、瞼の裏には紗凪の真っ赤な血が、鼻には死の匂いが染み付いてて、ふとすると、そのことばかり考えてる自分に気づいた。


 紗凪は、ちゃんと今日も生きてるだろうか。

 最悪な決断はしてないだろうか。


 イジメてたヤツらと同じことを考えてたウチが心配しても、どの面下げてってやつかもしれんけど……



「あれ、山崎さんじゃ〜ん!」



 聞き慣れた太い声で、意識が現実に戻される。

 今まで視界に入ってたものが、初めて意味を持つ。


 ウチは自分のクラス前の廊下にいた。

 振り返ると、端のほうから節子の腰巾着たちが二人、歩いてきてる。

 一番デカい茶髪の女は、いないみたいだ。



 ウチは、それだけ確認すると、時計に目を移した。


 十二時四十分。

 紗凪、ちゃんと昼メシ食べたかな。



「どしたん? 元気ないじゃん」



 黒髪の女が、わざとらしく身を傾げてウチの顔を覗き込んだ。

 バカにしつつ、心配げな表情を上から貼り付けるなんて、高度な技を持ってる。



「もしかして生駒さん来なくなってへこんでる系? 唯一の友達だったもんね。寂ちい寂ちい」


「え〜、元気出しなよ〜♡ 代わりにウチらが遊んであげるからさぁ〜♡」



 ぶりっ子の女もわざとらしく言うと、そのまま丸々とした顔をりりあの耳まで持ってきて、囁いた。



「もうあの子、顔出せないかもねぇ〜……♡」



 ウチは自分も気づかないうちに、彼女の頰を払ってた。

 それはもう反射みたいなもんで、動いた後に自分の怒りが追いついてくる。


 ウチに押しのけられたぶりっ子は、頰を押さえて相方に訴えた。



「いった〜い! 殴られたんだけど〜!」


「これ、正当防衛だよね」



 彼女たちの唇の端が、糸で釣り上げられたように上がった。



   ◇ 



 図体の違う彼女たちに引っ張られるままに連れてこられたのは、特別棟端の空き教室だった。

 抵抗もできずに、床に投げ捨てられる。


 不思議と、腹は立たなかった。

 まるで空から自分を観察してるみたいに、すべてがどこか他人事に思えた。


 ただ、顔を上げた瞬間だけは、予想外の光景に少し驚く。

 部屋にいたのは、不良たちだけじゃなかった。


 そこには、複数人の女子生徒が並んでた。


 全員、知らない顔だ。

 皆、平均以上に目が小さく、足が太く、腹が出てる。


 つまり美女連中だ。


 そいつらが、みんなして床に這いつくばるウチを見下ろしてるのに気づいたときには、ウチはさすがに困惑した。



 なんの会なん、これ……



「みんな、アンタにお礼言いたいんだってさ」



 背後で、カチャンと鍵の閉まる音がして振り向くと、腰巾着のひとりが近寄りながら言った。



「ムカついてんだよみんな、お前らがミスコン勝ったの。ま、五人しか通らないうちの二枠取ったんだから、当たり前だよね」


「……はぁ? お前らが実力なかっただけだろ」



 ウチが答えると、



「あはは! この状況でよく吠えられるね〜♡ バカなの〜? あ、バカなのか〜♡」



 ぶりっ子がウチの髪を引っ掴んで持ち上げた。

 目の前に座り込んで威嚇してくる。



「一番実力ねぇのはお前だろガリ。さっさと降りろ」


「ブス」


「あ?」



 瞬間、顔面に衝撃が走った。

 おでこと鼻がヒリヒリと痛む。


 遅れて、床に叩きつけられたと気づく。

 複数人の女の失笑が、上から降ってきてた。



「『イキってすいませんでした、ミスコンは降ります』って言えば、しょ〜がないな〜ってみんな許してくれるって〜♡ どうする〜?」


「ブスどもが」



 もう一度床に頭をぶつけられる。

 ガン――ッと、鈍い音が部屋に響く。



「もしかして聞こえなかった〜? イキってすいませんでした、ミスコンは降ります。さんはい」


「ブス」



 再び床に打ち付けられた。

 三度目の衝撃に、脳がグラグラと揺れて、景色が歪んだ。



「だってさ〜。みんな〜、わからせてほしいって〜♡」



 彼女の一言を合図にして、周りにいた美少女たちが、ウチの周りに迫ってくる。

 そして、まるでカラスがゴミに群がるみたいに、ウチを囲んで殴る蹴るし始めた。


 全員、足も腕も太いから、一発一発が重い。

 最後まで抵抗してやるつもりだったウチは、一瞬で蹲るしかできなくなった。



「おい、顔あげろよブス!」


「害悪が! さっさと死ね!」


「節子抜いて一位とってんじゃねぇ! 目障りなんだよお前!」



 不良が打ち込んだ蹴りが、鳩尾に思い切り刺さる。



「ヒゥ――ッ」



 思わず息が止まる。

 すると、笑い声が爆発した。



「ヒゥ、だって〜! 苦しい〜? ウケる〜!♡」



 ウチは涙目で、甲高く笑うカラスたちを見上げた。

 思えば、リンチの光景を下から見上げるのは初めてだった。


 今まではずっと、上から見下ろす立場だった。

 芋虫を踏みつけるみたいに、倒れてる相手が苦しむのを眺めて笑ってた。

 今の彼女たちとまったく同じだ。


 それでも、下から見た光景は、全く違うものに感じられた。



 ――ブスに生まれたのが悪いんだから、殴られても仕方ない。


 ――美人のウチらに逆らうのは間違ってる。



 頭上に並ぶ美少女たちの瞳は、そんな狂気に染まってた。

 薄暗い喜びに浸ってるのが、顔のパーツすべてに現れてる。


 そんな彼女たちの表情ひとつひとつに、ウチの視線は吸い寄せられて、目が離せなくなってしまった。



 あぁ、なんて……なんて……ブスな顔なんだろう……



 まるで、獣だ。

 デブだとか、目が小さいとか、そんな外見の話なんかじゃない。

 顔全体に真っ黒な悪意が滲み出て、歪み切ってる。


 意地悪くひん曲がる彼女たちの唇を眺めながら、ウチは歯を食いしばった。


 ウチはずっと、こんな酷い顔してたんだ。

 こんな顔で、たくさんの紗凪を蹴って、バカにして、イジメて、泣かせてきたんだ。



 なにが美人だよ……


 なにがモデルだよ……




 お前が一番、ブスだったんじゃねぇか……




「え、待って、泣いてんだけど〜! そんなに痛かった〜? かわいそ〜!♡」


 ぶりっ子のわざとらしい声色がウチを煽る。

 でも、どうでもいい。


 ただ、自分が情けなくて、悔しくて、涙が落ちるのを止められなかった。


 不意に、部屋中にチャイムの音が鳴り響いた。

 休み時間が終わったんだ。


 蹴られてるあいだは長く感じてたけど、実際は十分そこらの話だったらしい。


 それを合図に、美女連中はリンチを止める。

 黒髪の不良が、最後に一度ウチを足で小突いて言った。



「まだ降りなかったら、今度は男呼んでくるから。またボコされたくなかったら、さっさと辞退しろよ」


「またね〜、山﨑さ〜ん♡」



 風呂上がりみたいにスッキリした表情になった彼女たちは、ゾロゾロと教室を出ていく。

 誰もいなくなったあとも、ウチは床に伸びたまま、ジッとしてた。


 体も、心も、ダメージを負っていて立ち上がれない。

 味覚が涙と鉄の味で満たされてる。



 もう、なにもかも、自分の存在さえ、どうでもよかった。




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