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第55話 美少女JKモデル、知る⑤


 階段を降りると、紗凪の母親がお茶とお菓子がのった盆を持ってやってくるところだった。



「あら、もう帰るの?」


「あの……はい……」


「お茶は?」


「いや、大丈夫です……あの……」



 ウチは、母親の顔を見上げる。

 リスカのことを母に告げるか、迷ってた。


 あれだけ深い傷だ。万が一のことも、あるかもしれない。

 けど、救急車なんか呼んでしまったら、それを最後に紗凪の心が完全に壊れてしまうような気もした。


 どちらを選んでも死の匂いがした。正解だって、ないのかもしれない。


 でも、ウチは悩んで悩んで……言わないことに決めた。

 紗凪が大丈夫と言ったなら、信じないといけない気がしたから。



「どうかした……?」



 紗凪母が尋ねる。



「いえ……なんでもないです……じゃあ……」



 ウチは頭を下げて、靴を履く。

 紗凪そっくりな顔は、たくさんの気持ちを押し込めたような、切なげな笑みを浮かべてた。



「また来てね」


「……はい」



   ◇ 



 玄関でもう一度頭を下げて、生駒家を後にする。


 外に出ると、のどかな田舎の風景がウチを迎えた。

 体にまとわりついた閉塞感が、生ぬるい空気に散ってく。


 でも、心のなかは紗凪の闇を吸ったみたいに、重く沈んでた。

 部屋ではあんなことがあったのに、世界は穏やかで明るいのが、信じられない。



 紗凪は今も地獄にいるのに、なんで他の人たちは平和に暮らせるんだろう……



 駅へ向かうバスが、ウチの前に止まる。

 乗り込むと、乗客は、優先席におばあちゃんと、一番後ろの長いシートに若いカップルがいるだけだった。


 ウチが後部座席の先頭に座ると、クスクスと笑う声が背後から聞こえてきた。

 カップルに笑われたのだ。



 瞬間、顔が熱くなった。



 今までのウチなら、一瞬でキレてたはずだった。

 ブスが笑ってんじゃねぇぞって。身の程わきまえろって。

 知らないヤツだろうがなんだろうが、ケンカ売ってた。


 でも今は……恥ずかしかった。


 最後列の二人が、無邪気な気持ちで笑ってると、よくわかったから。



 まるで、変な虫を見つけた幼稚園児みたいに。

 まるで、ウチがドラムを笑ったときみたいに。



 彼女たちにとって、ウチの見た目は純粋に『面白い』のだ。



 ウチは恥ずかしくなって、身を縮める。

 あまりの居心地の悪さに、ここにいてはいけないという気持ちになる。



 後ろのカップルだけじゃない。

 学校の人間たちも、公園にいるガキたちも、見知らぬ通行人も……世界全体がウチの容姿を面白いと思ってる。

 だから笑われてたんだ。


 今まで平気だったのは、理解できてなかったからってだけだ……



 住宅地を縫うように走るコミュニティバスが、さらに複数人の老人を乗せて、のろまに駅へ向かう。


 ウチは、どうしようもなく怖かった。

 もしかしたら、ウチはこの世界でずっと生きることになるのかもしれない。

 その思考が頭から離れなかったから。


 今までは真剣に考えてなかったけど、もし元の世界に帰れないのなら、ウチは一生この世界で、ブスとしてあらゆる人間から蔑まれて生きることになる。


 原因はウチの体型と顔だから、どこに逃げようがついてくる。



 それこそ、丸々整形するか……自殺でもしない限り……



 揺れる車内で、ウチはようやく、紗凪を追い詰めてるものの正体を知った。


 壊れかけた小屋に降り積もる雪みたいな、静かで、でも逃げることもできない深い絶望。


 それが、今までのウチが知らなかった、世界と容姿のもうひとつの顔だった。





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