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07

「えへへ……かわいい」


ひとりベンチに座りながら、ゼトから譲ってもらったリュックをレザリアは抱きしめていた。


「レザリアさん、ノートを持ち歩きたいという事でしたら、手荷物を入れる鞄をもらっていただけませんか?」

「え、いいの?」

「もちろんです。服のポケットだけでは何かと不便でしょうっから。背負えるものが良いですか?」

「うん!」


独り芝居をしてはニヤニヤしている少女を周囲がどう見るかは想像に難くないが、レザリアにとってはそれだけ嬉しいことだったのである。


「ノート……の音……なんちゃって!」


ゼトから渡されたノートをリュックから取り出し、その表紙をさするレアリア。


「ええと……」


ノートの1ページ目を開くと、白紙があった。

次のページをめくる、めくる、めく――


「――ゼトさんこれ1ページしかないー!」


少女が大声を出すと、茂みに隠れていた小鳥達が空に逃げていく。


「ごめんね!」


まちがえちゃったのかな……。

ノートを閉じようとした時、白紙だったページに文字が浮かび上がってきた。


「わ、わわゎぁ」


レザリアは驚きのあまり飛び上がったが、すぐに文字の内容を確かめる。


「……はじめに――」


――レザリアさん。これはあなたのために用意したノートです。あなたが手にすると自動的に文章が浮かんできますが、驚かないでくださいね。


「おどろきました!」


――このノートがあなたの助けとなることを心から願っています。そして、僕はいつでもあなたの力になることを忘れないでください。


「ゼト先生……」


――なので、考えすぎて頭がいっぱいになって苦しくなっても、くれぐれも逃げ出さないようにお願いします。


「きびしめなの……?」


――苦しくなった時は、僕を頼っていただいて構いません。いつでも、どこでも、あなたを助けます。


「アメアメだ……!」


ゼトさん凄い!

これってきっと魔法なんだ!

レザリアは顔を紅くしてベンチに座り直す。


――あなたが知りたいこと、悩んでいること、何でも聞いてみてください。


「はい先生!」


見開きの左のページに文字が浮かび上がってきた。


「なんでも……」


今度は右のページに赤く明滅する四角い枠が出てくる。


「うわぁ……ここに書けばいいんですね、先生」


レザリアはノートに付帯していた羽ペンを手に取る。


「ゼトさんの……好きな食べ物は……なんですか」


――卵焼きです。柔らかめが好みです。


「ふおおぉぅ……」


これは……。


「ゼトさんの……好きな色は……なんですか」


――灰色です。どの色とも調和して、優しい色だと重います。


「うおぉぉぉ……!!」


レザリアはそれから興奮冷めやらぬ様子で質問し続け、あっという間に1時間が過ぎてしまう。

燃え尽きたような表情で空を見つめ、ベンチに身体を預けていると、どこからか楽し気な声が聞こえてきた。

時計塔のちょうど北にある学校に通う途中なのだろう。学生達がお喋りをしながら歩いてきていた。


「……ぼくにはノートがあるもん」


そんなことを呟いては、道行く学生たちをじとりと眺めていた。


「なにしてんだ?」


死角から不意に声をかけられるレザリア。

思わずびくっとしたが、声の主が誰か気づいてすぐに安心する。


「シルゥカ……」

「おっと、顔見知り? いや、すまん。誰だ?」


淡いブルーの瞳の少女は、レザリアのことを覚えていない。


「レザリア。最近……引っ越して来たんだ。ごめんね、一方的に知ってて」

「いや、そっちが謝んなって。つうか……どうしたんだ、どっか痛いのか?」


レザリアは黙って首を振り、「だいじょうぶ」と言って微笑んだ。


「あの、これ、よかったら召し上がってください」


シルゥカの後ろに隠れていたスアレが、かわいらしい包みを手渡してくる。


「わぁ。何かな」

「クッキーです。多分……美味しくできてると思います」

「うん。分かる」

「分かりますか……?」

「分かる……ありがとう」


いつもありがとう、スアレ。シルゥカ。


「うちらは学校に行く途中なんだけど……そういや、名前は?」

「レザリア」

「いい名前だな。レザリア、一緒に行かないか?」

「ううん。少し疲れてて、休憩してたところなんだ。もう少しここにいる」


レザリアがそう言うと、「そっか……」とシルゥカは少し寂しそうな表情をした。


「私たち、楔石(スフェン)通りの住宅街に住んでるんです。翠緑庭園(エメラルドガーデン)は通り道だからよく来てて……その……今度、一緒に学校に行きませんか?」


レザリアは目を丸くする。

スアレの方からはっきりとした誘いを受けたのは初めてだった。


「うん……ありがとう、スアレ、シルゥカ」


二人はほっとした表情を浮かべると、レザリアに再会の約束をして別れた。

後ろ姿を見届けてから、スアレから受け取った包みを開いた。

クッキーをひとつを手に取って、口に運ぶ。


「……おいし」


前食べた時よりもおいしい。


「みんなの時間は、進んでるんだ」


ぼくも……ぼくは、進んでるのかな。







水辺というものはなぜ人を引き付けるのだろうか。

時計塔から北西に向かって青玉(サファイア)通りを上っていくと、街の中で一番大きな水たまりにたどり着く。

天空石池(スカイストーンアイ)の周りには、今日もたくさんの人が訪れていた。


「こんにちはー!」


ここぞとばかりに人だかりに声をかける。

大勢が振り返るが、手を振る少女に返事をする者はいなかった。


「みんな恥ずかしがりやなんだから」


レザリアは恥ずかしがり屋たちのことは気にせずに、広大な池を見渡す。

水鏡に映された人々と自分を見比べて、レザリアはニヤリとした。


「ふふふ」


宝石のようにきらめく池の中では、人々は暗い影に過ぎないのだ。そんなことを考えては、独り笑うレザリア。

試しに水面に向かって声をかけてみる。


「誰かー、いませんかー?」


反応はなく、ただの水でしかないようだ。

それでもなお、小声で話しかける。


「ぼく、レザリアって言うの。石ころの呪いにかかっているの。あなたは魔女に呪いをかけられたのかな。もしそうなら、あなたのことも助けたいよ」


反応はない。


「だめかー!」


少女が後ろに倒れて寝そべると、周りの人が距離を取った。


「あはは、ごめんなさい。ところで、ぼくのこと知ってる人いる?」


痛い人を見るような視線を浴びる。


「みんな水よりも冷たいんだから」


ため息をつき、青い空を見上げる。


「空はあったかいよ」


しばらくそうしていると、誰かが近づいて来る気配があった。


「女性がそんな風に寝るものではないよ」


長い銀色の髪が、レザリアの目の前におりてくる。


「わぁ……」


銀髪に加えて、銀色の瞳をした美しい女性がそこにいた。

レザリアの灰色の髪と瞳とは、比べ物にならない輝きを放っている。

よく見るとまつ毛も長い。

完全なる美の上位互換。


そして、彼女の耳はとても長かった。

普通の人ではなく、エルフであることは間違いない。

エルフは、賢い者が多いという。

完全なる知の上位互換。


「つまり、あなたは……ぼくの敵」

「どういう経緯でそうなったのか、詳しく知りたいものだ」



エルフのお姉さんが敵となった経緯を教えるべく、貯水池の周りを散歩することになった。


「はっはっはっは! そんな理由で私はお前の敵となったのか」

「笑い事じゃないもん」

「はぁ……おかしい。して、どうすればエルフの私とヒトのお前は友人になれるのだ?」

「簡単だよ。池を見て」


少女が促すと、エルフ姉さんは水面を見下ろした。


「ふむ。ただの池だが?」

「池じゃなくて、ぼくたちを見てよ」

「ふむ」

「ほら、水の中だと二人とも似たようなもんだよ?」


レザリアが真顔で言うと、エルフはもう一度高笑いした。


「面白い!」


そう言って、エルフ姉さんは顔を覗き込んでくるが、レザリアはそっぽを向く。


「私はメルティアス。お前の名前を教えてくれないか」

「……レザリア」

「ほう、よい名じゃないか」

「……お姉さんもね」

「不服そうだ」

「……お姉さんは名前負けしてないもん」

「はっはっは! こんな卑屈な娘も珍しいな!」


メルティアスはよく笑った。

見た目の凛々しさとは裏腹に、気さくで楽しい人なのだと分かる。

そういうところも何だかずるい。


「レザリア、お前のいいところはその腹持ちならないといった表情にあるな」

「失礼な。もっと、かわいい顔とかもできるもん」

「ほう、やって見せろ」

「ふにぃー」

「それは冗談だろうレザリア!」



敵同士だった二人は、いつの間にか打ち解けていた。

傍から見たら、あるいは仲の良い姉妹に見えるかもしれない。


「ところでレザリア、お前は水と交友関係を結んでいるのか?」

「盗み聞きだなんて、エルフの風上にも置けないね」

「エルフを知らんな? あいにく耳がいいんだ」


メルティアスは手も触れずにぴくぴくと耳を動かしてみせる。


「飾りじゃなかったんだね」

「他のエルフにはそういうことを言うなよ? 冗談が通じる奴ばかりじゃないんだ」

「なるほど、エルフを怒らせる方法を覚えた」

「心配な娘だな」


メルティアスはくくと笑うと、今度は真面目な顔をした。


「石ころの呪いにかかっている――などと言っていたが、本当か」

「本当のところはわからないけど、ぼくは呪いだと思ってる」

「ほう、どんな呪いだ?」

「あと1時間と32分もしたら、お姉さんはぼくのことを忘れるよ。ぼくと話したこともね」


そう言って、レザリアはサファイア通りの先にある時計塔を指さした。


「12時ちょうどか」

「うん。夜もね」

「レザリア、お前は先ほどから時計など一度も見ていなかったようだが?」

「……? 見なくてもわかるよ?」

「レザリア、お前の私よりも優れた部分を見つけたぞ」

「なに?」

「時間の感覚が極めて正確だ。エルフでは誰も敵わないだろう」

「そうなの……?」


銀髪の美女はそう言ってニヤリと笑う。


「だが惜しい! お前との出会いを忘れるというのか!」

「うん」

「何とかせねば」

「エルフって長生きなんでしょ? たくさん出会えるからいいじゃん」


メルティアスは人差し指を立てて左右に振る。


「馬鹿め。お前だからよいのだ。こんなに面白い娘にはなかなか出会えん」

「ぼくも……ほんとは覚えててほしいけど」

「当たり前だ」

「エルフのお姉さんとは初めて会うけど、なんだか初めてじゃないみたい。変だね」


(仲良くなっちゃった……)


レザリアは12時が怖くなってきた。

いつも、初めて知り合う人との別れは格別に辛い。

レザリアの震える肩に手が置かれた。


「私は欲深いのだ。簡単にはあきらめんさ」


不敵な笑みを浮かべるエルフを見て思う。

こういう顔でも綺麗なのはずるいと。


「レザリア、お前との残り1時間15分を私にくれ」

「あと1時間30分と40秒だよ。エルフの時間こわれてるの?」

「お前が細かすぎるだけさ」



それからレザリアは自らの置かれている状況について、思い出せる限りのことをメルティアスに伝えた。

メルティアスは目を細めて池を睨んでいる。


「そもそも……『呪い』とはどういうものなのかをお前は分かっているか?」

「人を苦しめるための魔法? みたいなもの?」

「まあ、そんなところだ。だが、呪いとは多くの場合『(きずな)』なのだ」

「きずな?」


「そうだ。人と人、人と獣、人と自然、何でもいい。繋がりの中に生まれる毒と言ってもよいだろう」

「……?」

「この詩的な表現が分からないか」

「エルフのセンスがわからないということがわかった」

「はっは……笑う暇もないのだったな」


心底残念そうにするエルフだったが、少女はそれどころではなかった。


「……繋がりって?」


「仮にお前が名も知らぬ魔女とやらに呪われているのだとしよう。だとすれば、魔女はお前に対して憎しみを抱いているのだ。そうでなければ、呪いにはかからない」

「うそ……ぼくの方が呪いたいくらいなのに!」

「まあ落ち着け。逆恨みの可能性だってある」

「逆恨みでこんな目にあうの!?」

「残念ながら、思い込みや勘違いで憎しみあうことは珍しくはない」


レザリアは鼻息を荒くしたが、メルティアスが「どうどう」と落ち着かせる。


(ぼくは馬か)


レザリアは「ひひぃん」とやる気のない鳴き声を出した。


「そして、私の見立てではお前がかけられた呪いは物凄く強力だ。ガラスの少女や水の中にいるかもしれない誰かのものよりも、おそらくもっと強い」

「なっ……なんで?」


メルティアスの肩を揺さぶった。


「単純な話だ。影響が大きすぎる。少なくとも街の人間全てに対して呪いの影響があるのだからな」

「……そんな」


ぼく、そんなに恨まれるようなことをしたってこと?


「自分が何かしたのか……それを今気にしすぎる必要はないぞ、レザリア。少なくとも、お前は善性の人間だ。少々口は悪くて卑屈だがな」

「そんなこと……わかんない」


あと口悪いは余計だもん。


「私が何年生きていると思っているんだ?」

「何年生きてるの?」

「……五百年、いや千年くらいか……?」

「エルフっていい加減なんだね」

「五百年ぐらい大目に見てくれ。とにかくだ……面と向かって話し合えば、どういう人間かなど大体分かる。私は旅エルフだからな」

「ふーん」

「レザリア、お前がもっと気にするべきことは他にあるぞ」

「なんか、お姉さんもゼトさんみたいなこと言う……」


いっぱい考えないといけないんだな、ぼく。

レザリアは深くため息をつく。


幼い子どものようにいじけていたレザリアだったが、メルティアスはいっそう険しい表情になった。


「そうだ……私が一番引っかかっているのは、そのゼトという男のことだ」

「……?」


ゼトさんが、何だっていうの?


「なぜ、その男はお前のことを覚えている?」

「それは……記憶力がいいから……」

「そんな理由のはずがないと、お前も何となく分かっているだろう」

「そんなこと――」


――考えたことはあった。けど……


レザリアは抗議の目をメルティアスに向ける。

意地になっている少女を見て、再び「どうどう」と落ち着かせる仕草をするエルフ。


「レザリア。私は、その男よりもお前と関わった時間は遥かに短く、お前との絆もまだ糸のように細いだろう。だが、耳を傾けてほしい」

「……やだ」

「ゼトという男に魔女との関りがある可能性を考えるべきだ」

「…………やだ」


首を振るレザリアを、メルティアスが抱きしめる。

振りほどこうとしたが、力でも上位互換らしかった。


「レザリア、聞くんだ」

「だって、メルティアスはぼくのこと、忘れちゃうじゃん」

「まだ覚えているぞ」

「忘れちゃう人よりも……ずっと覚えてくれる人の方がいい」


レザリアは憎まれ口を叩いた後に、極めて小さな声で感謝を伝えた。


「聞けばいいんでしょ。聞けば」

「お前の敵になれなくて残念だよ、レザリア――」


それからレザリアは、メルティアスの話を時間の許す限り聞いた。

しかし、ついにその時は訪れ、12時の鐘が鳴る。


「――おや、ずいぶんと私にぴったりとくっついて歩く娘がいるな。気がつかなかったよ」

「ぼくも気がつかなかった。ぼくたち、馬が合うみたいだね」

「そのようだ。どうだい、このまま散歩でも」

「あいにく、一緒に散歩する暇はそんなにないらしいよ」

「それは残念だ。私はメルティアス、よければお前の名前を教えてくれないか」

「……レザリア」

「いい名前だ。覚えておこう」

「そうして。おばかなメルティアス」


最後に文句を言い残して、レザリアは転がるように駆け出した。


「身に覚えがなくとも嫌われるのは世の常だな」


メルティアスは少女の背中を見て微笑んだ。






ギベオン書店にて、レザリアはゼトを目の前に不満たっぷりに頬を膨らませていた。


「――レザリアさん、その聡明なエルフの方がおっしゃっていることは、極めてまっとうだと思いますよ」

「否定してよ!! ばかぁ!!」


レザリアは2階へと駆け上ると、1階にも聞こえる大きな音で扉を閉めた。


「あらやだ」

「もしかして」


「「痴話げんか?」」


その場にいたマダムたちがが興奮した様子で青年店長に尋ねた。


「大変お騒がせしました。痴話げんかではありません」


ゼトは苦笑するが、すぐにその表情は硬くなっていった。

深刻な表情をする青年に、お紅茶好きのマダムたちが声をかける。


「いかがかしら?」


差し出された紅茶を口にすると、少し気持ちが落ち着いたゼト。


「これは……ア~ンチエイジングな味がします」

「「でしょ~?」」


そんな時に、新たな来客があった。


「失礼するよ。『ギベオン書店に来れば分かる』らしいが、ここは私の来るべき場所かな」


銀髪銀眼の美しい女性が訪れたのだ。


「いやですわ奥様!」

「ア~ンチエイジングの結晶よ!」


抗老化(アンチエイジング)の化身にあやかろうとするマダム二人に挟まれるエルフがそこにいた。


「はっはっはっは! 面白いことを言う娘達だ。さて――」


旅エルフは、手渡された紅茶を一口すすってからゼトに問う。


「――私が出会うべき相手は、お前かな」







「ゼトさんのばぁかばぁかばぁか」


2階の自室、ベッドでゴロゴロするレザリア。

ふかふかの枕に顔をうずめ、ゼトの言葉を思い返す。


「正しいことばっか言われるの……やだ」


――僕は魔女と繋がりがあるかもしれませんし、あなたの味方である保証もありません。


「でもさ、それを言えるってことは味方なんじゃないの」


――忘れているだけかもしれません。


「そんなの何でもありじゃん!」


――ありとあらゆる可能性を自分で考えなければなりません。


「独りじゃ、考えられないよ」


――そのための『ノート』ですよ。



レザリアは寝たままノートを天井に向かって掲げる。


「ゼトさんのノートだもん。呪いなもんか」


そう言ってベッドから飛び出す。

用意されている机に向かうと、レザリアはノートを開くのだった。







12時に近くなる頃、レザリアにいつもの不安が訪れる。口喧嘩――といっても、レザリアが一方的に怒っていただけだったが、まだ仲直りはしていなかった。


このまま、もしゼトさんがぼくのこと忘れちゃったらどうしよう。

いてもたってもいられなくなり、レザリアは1階へと駆け降りる。


1階では、ゼトが受付で大量の本を前に座っていた。


「ゼトさん、起きてたんだ」


ゼトはきょとんとした様子でレザリアを見る。


「ゼトさん、ぼく……ごめんなさい。勝手に怒っちゃって」

「あぁ、夕方のことですね」

「……怒ってないの?」

「ええ、怒っていません」


青年の涼しい微笑みを見て、少女はなんだかむかむかしてきた。


「怒ってよぉ!」

「……え?」

「ぼくが悪かったじゃん! どう考えても!」

「そんなことは……ありませんよ」

「嘘つき! 本当はそう思ってるくせに!」

「僕は嘘をつくことを好みません」


ゼトはしばらく考えてから言う。


「あなたの立場を考えれば、僕の言葉は率直に過ぎました。あなたのためと勝手に思って言ったことでした。実際は、あなたを傷つけてしまいましたが……」


ゼトは身体ごとレザリアに向き直った。


「すみませんでした」


ゼトは真剣な面持ちで言葉を伝えてくる。


(ゼトさんと話してると、ぼくばっかり……子どもみたい)


「謝らないでよぉ!」

「えぇ……?」

「あっ! もう12時なっちゃう!」

「もうそんな時間でしたか」

「12時になるまでに仲直りしたいの!」

「仲直り……どなたと?」

「ゼトさんだよ! あっ――」


12時の鐘が鳴り響く。


「――なっちゃった」


二人は店の入口の方を見てから、顔を見合わせる。


「レザリアさん、仲直り……しましょう?」

「……しません」


ゼトさんのばぁか。

レザリアはゼトに顔を見せないようにして、二階へと駆け上がっていった。

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