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06 

日が傾き、街の人通りも少なくなってきたころに、独り暮らしの老婆の元へ小さな詐欺師が現れる。


「はいはい、どちら様ですか?」

「ぼくぼく!」

「もしかして……シャンティちゃん?」

「アイ・アム・シャンティ!」


身分を偽り、他人の家に転がり込んで食事にありついたとしても、レザリアを罰する者は誰もいない。

そんなことはさておき、今日も今日とて偽シャンティはメイジ―おばあちゃんと夕食を共にすることにした。


「おばあちゃん、ぼくね…………ううん、なんでもない」

「何か、悩み事があるの?」


悩み事が多すぎて、レザリアは言葉がなかなか出てこなかった。


「おばあちゃんもね、あなたぐらいの年のころは色々なことで悩んだわ」

「そうなの?」

「ええ……。例えば、おばあちゃんは魔法があまり得意じゃなくてね、学校ではいつも成績が良くなかったんですよ。だからいつも周りと自分を比べては、ひとりで勝手に落ち込んだりして」

「そんな風には全然見えないや」

「今はあなたとおしゃべりしてるもの。楽しくてしかたがないわ」


メイジ―は愛おしむ目でレザリアを見つめる。


「大抵のことはね、時間が解決してくれるものよ。長く生きていて分かったことがあってね、別に魔法が苦手でも困ることは多くないということ。魔法で火をつけられなくても、火打石があればパイが焼けるわ」

「おばあちゃんのパイは魔法みたいにおいしいよ」

「知ってるかしら、あなたの『おいしい』は魔法の火よりも温かいわ」

「おぉ……!」


おばあちゃんの言葉を聞いてると、なんか元気が出てくるなぁ。

宝石を見つけたような気分で、レザリアはパイを口に運ぶ。


「ちょっと苦いけど」

「あら、ちょっと大人向けの味すぎたかしら……ごめんなさいね。あと、口に入れたままおしゃべりして、喉につまらせてはいけませんよ」

「ごべんなさい」

「うふふ」



すっかり元気と取り戻したレザリアは、メイジ―とおしゃべりを続けていた。


「ねぇねぇ! 空を飛べる子とかいた?」

「そんなことができるとしたら、その子はきっと優秀ね」

「そうなの?」

「大気中のマナと体内魔力のバランスを調整するのが難しくてねぇ」

「お、おばあちゃん?」

「おばあちゃんができたのは魔力探知ぐらい――」

「魔法のお話も楽しいけど、他のお話もしたいな!」

「――そうね…………そうしましょう」


ふぅー、助かった。

むずかしい話はよく分からないもん……。

実際、レザリアは学校に通っていないのでメイジ―の話すことがちっとも理解できそうになかった。


(ゼトさんってやっぱり凄いのかな)


帰ったら聞いてみよう。


「じゃあ、次はこのお話――」


レザリアは、マーカスから聞いた話をメイジ―に伝える。


「――この街には迷子の宝石がたくさんいて、誰かに見つけて欲しがってるんだって。おばあちゃん、聞いたことある?」

「知ってますよ……小さいころ、そのお話を信じて街中を探して走り回っていたわ。そんな子どもは珍しくなかったの」

「でも、ぼくそんなお話全然知らなかったよ?」

「そうねぇ……この街も昔に比べると人が多くなったからかしら……この街に古くから伝わるお話が、あまり伝わっていないのかもしれないわねぇ」


メイジ―は目を細めてどこか遠くを見ていた。


「……でも、それは変だよ? だって、人がたくさんいた方がお話は伝わるんじゃないの?」

「そうね。あなたがそう思うのも当然だわ……けれど、人が増えるということは、それだけたくさんの物語も一緒に増えるんじゃないかとおばあちゃんは思うの。物語が増えるということは、隠れてしまう物語も増えるということかもしれないわ」

「わかったような、わからないような……」

「さっきの宝石のお話だってそう。その紳士のお方はきっと、人の少ない冬の街だったからこそ、その宝石を見つけたの。もしも人がたくさんいたら、足元に転がる宝石も見つけられなかったかもしれない」


そっか……たしかにそうかも……!


「ぼくもそれなら分かる! 人がたくさんいるところよりも、だれかと二人きりの方がさみしくない気がするから。それってきっと、二人っきりならぼくだけを見てくれるからだよね?」


すごいことに気づいてしまった……!

そう思ったレザリアは大口を開けてパイを頬張った。


「えへへ……にがぁい」


何とも言えない苦みを楽しんでいると、メイジ―に手招きされる。


「こっちへおいで」

「なあに? おばあちゃん」


メイジ―はにこやかに笑うだけで、それ以上のことは言わなかった。黙って側に寄ると、レザリアはメイジ―にそっと抱き寄せられた。

頭を撫でられる感触に身をゆだねていると、寝てしまいそうなレザリアだったが――


「あっ!」


――重要なことを思い出す。

おばあちゃんに渡そうと思ってたネックレス、まだ渡してない。


「だいじょうぶ? どうかしたのかしら?」

「えっと……おばあちゃんに、プレゼント」


ゼトに担保として渡していたジェダイトのネックレスを、メイジ―に渡そうと思っていたのだった。

手紙を添えたネックレスケースを手渡されたメイジ―は驚いて口に手を当てた。


「まあ……こんなものいただいてもいいのかしら……」

「うん! いつもおばあちゃんにはお世話になってるから……じゃなくて、これからも元気でいて欲しいからね」

「えぇ……えぇ……その言葉だけでとても元気が出たわ」

「待っててね……ほら、ぴったしだ。とっても似合ってるよ」

「本当に……私は幸せ者ね。こんなに優しい子が会いに来てくれるだなんて」


レザリアは、指をもじもじさせ、大げさな声で「そろそろ帰らないといけないんだった!」と言う。


「そう、もう行ってしまうのね」

「うん……ぼく、色々とやらないといけないことがあってね」

「それは大変なことなのかしら……?」

「まあまあかな。けど、大丈夫だよ」

「おばあちゃんでも力になれることはないかしら……?」

「元気でいてくれたら、それで十分!」


レザリアはメイジ―おばあちゃんの手を握り、「また来るね」と小さな声で言った。


「待ってるわ」


メイジ―に見送られ、レザリアは家を後にする。

次の日になれば、メイジ―はネックレスを渡されたことを忘れてしまう……そんなことはレザリアも分かっていた。

渡したことを自分が覚えていないのと、渡したことを相手が覚えていないのと、どちらの方が辛いのだろう。

ふと、マーカスを思い浮かべながらそんな疑問を抱いたが、レザリアにもその答えは分からない。







街の通りの中で一番南側にある水晶(クリスタロス)通りは、日長石(サンストーン)街道に横切られた見た目から、貝の切れはし通りとも言われている。


「ぼくも街から切り離されてる気分」


レザリアは水晶(クリスタロス)通りに来ては、そんなことをこぼしてはたそがれていた。


「けど、自己紹介もなしに名前を覚えられてるんだよね……ずるい」


通り道にすら嫉妬して地面を睨むレザリアだったが、その耳に切ない笛の音が聞こえてくる。


「ザグーン……?」


その音は、朱金鯨(ザグーン)と呼ばれる巨大なクジラが発する鳴き声だった。

レザリアは地面を睨むのをやめて、海の方を見る。

夕日を受けて金色に輝く鯨が悠々と海に浮かんでいた。


〈ザグーンじゃん!〉

〈明日はいいことあるな〉

〈素敵……〉


海を眺めていた人達が口を揃えてありがたがっている。


「ありがとう、ザグーン」


街の人々にとって、ザグーンは苦しみや悲しみを払う守り神のようなものであり、レザリアにとっても心が落ち込んだ時に不思議と慰めてくれる存在だった。


「シレーネ、元気にしてるかな」


海を眺めながら、毎月迷子になる人魚のことを思い出す。


「あ……シレーネの涙、換金してないや」


友情の証を売ることを忘れていたことも同時に思い出してしまい、深いため息をついた。


「ぼくもけっこう忘れっぽいな」


自嘲気味に笑うレザリアの頬を心地よい風が撫でる。


「そういえば、おじいさんは水路に流れている枯葉を追ったんだよね」


レザリアはふと、水晶(クリスタロス)通りを流れる水路を気にする。


「この水って、どこからきてるんだろ」


ガラスの女の子のことも助けたい。水の中から聞こえてきた誰かのことも気になる。なぜ自分が呪われているのかを知りたいし、みんなに自分のことを覚えていてほしい。

考えることはたくさんあるけれど、レザリアはふとした疑問の答えを得るべく駆け出した。





ギベオン書店に帰ったレザリアに、ゼトは少し目を丸くしながら答える。


「――北西にある天空石池(スカイストーンアイ)ですね」

「ああ! あそこかー!」


天空石池(スカイストーンアイ)は時計塔から青玉(サファイア)通りを北西に真っすぐ行った先にある大きな池だ。


「元々は街の水源としての役割を担っていましたが、今では観光スポットとしての務めも果たしています」

「この街そんなんばっかだよ?」

「そのようで……ところで、なぜ街の水路を気にしているのですか?」


レザリアは昼間に起きた出来事について、老紳士の武勇伝のほとんどを省いて説明した。


「その水の声の主は、確かに『魔女』という言葉を口にしたのですね?」

「うん……だから、ガラスの子を助けるきっかけになるかもしれないと思って」

「初めてレザリアさんとお会いした時も、魔女の噂について知りたがっていましたね」

「そう言えばそうでした……あの時はシルゥカとスアレのともだちが行方不明になったって聞いて、『魔女隠し』にあったんじゃないかって聞いたから」

「そういうことだったんですね」

「あっ! シルゥカとスアレはね? ぼくのともだちなの。予定だけど」

「友達でいいじゃないですか。友達だと、思っているのでしょう?」

「うん……だけど、向こうは覚えてないから」


レザリアが不器用な笑みを浮かべると、ゼトはためらうように言う。


「向こうが覚えていないから友達ではない……という風に考えるのは、寂しいですね」

「え……? うん……」


でも、だってそうだもん。

気持ちとは裏腹の言葉が出てしまい、レザリアは目を逸らした。


「すみません。知ったようなことを言ってしまいました。話を戻しましょう――」


ゼトはしまったという顔をして謝ってから、真面目な顔に戻る。


「――初めてレザリアさんと出会った時に、『魔女』という言葉を聞いた時、『あぁ、この子は魔女が出てくるおとぎ話が好きなのかな』と思いました」

「……そうなんだ」


ゼトさん、ぼくのこと、『この子』って思ったんだ。


「実際には、魔女隠しという噂話があったから、それについての本を探していたということでした」

「うん」

「そして昨晩、僕達は許しがたい光景を目にしました。いわゆる魔女と呼ばれるような存在を僕は見たことがありませんでしたが、魔女と口にするたびに昨日の光景が蘇ってきます」

「ぼくも同じこと思ってた」

「そして、今日レザリアさんが聞いたという、水の中から聞こえた『魔女』という言葉……どうにも、関連があるように感じてしまいます」

「ぜったいそうだよ! きっと、あの人が悪い魔女で、みんなのことを苦しめてるんだ! それに……」

「それに?」

「あれ……どうして……?」

「レザリアさん?」

「ぼく、あの人のこと、見たことある気がする……」


いつ……? どこで……?

レザリアは頭を抱えるが、霧がかかったように何も分からない。


「うぅ……」

「気がついたらこの街にいて、覚えていたのは「レザリア」っていう言葉。それから、僕に話しかける誰か……それが誰だったのかは、ずっと思い出せないんだ。あとは……この懐中時計が僕の持ってるぜんぶだよ――」

「それって、ぼくが船で言った……」

「――そうです。レザリアさんが言っていた言葉です」

「すごい、ぜんぶ真似できるんだ」

「いえ、今のは口調や声色は真似ていませんので……もっと似せましょうか?」

「やめてください」

「レザリアさんのおぼろげな記憶の中にいる『誰か』と、見たことがある気がするという『魔女』……その二人が同じ人物の可能性はありますか?」

「どうかな……そんな気もするし……でも何だか……違う気がする。ごめんなさい、あやふやで……」

「いえ、感じたままを伝えていただいて、むしろありがとうございます」

「えへへ……」

「もしかしたら、二人の人物の間に共通点があるのかもしれないませんね。例えば、顔つきや背丈などの見た目の雰囲気など――」

「そっか、そうかも……!」

「もしかすると、魔女について探ることが…………レザリアさんの……抱えている問題を解決することに繋がるかもしれませんね」


急にゼトの歯切れが悪くなるので、レザリアは不思議がった。


「どうしたの?」

「いえ……レザリアさんが昨晩の人物と関わろうとするのは……僕としては、避けてほしいと思いまして」

「どうして?」

「それは……レザリアさんは、魔女の目の前に飛び出して……どうするつもりだったんですか」

「どうって……あの子を助ける」

「どのようにでしょうか」

「……………………がんばって」


レザリアの言葉を聞いて、ゼトは黙ってしまう。

さすがにその沈黙の理由が分からないレザリアではなかった。


「だって……だって……!」


子どものように「だって」を繰り返すレザリアだったが、ゼトは質問を繰り返す。


「レザリアさんは、人と戦ったことはありますか?」

「……ないよ」

「戦いの知識はありますか?」

「…………ありません」

「何か魔法は使えますか?」

「………………学校、行ってないもん」


レザリアはいじけて靴裏を床にこすり始めた。


「いいもん。ぼくが悪いんだ」

「あの、レザリアさん」

「きっとぼくが悪いから、みんなから無視されるんだ」

「レザリアさん、顔を上げてください」


レザリアが顔を上げると、両手に一冊のノートを持ったゼトがいた。


「それは……ノート?」

「はい。これをレザリアさんに受け取っていただきたいのですが、どうでしょうか」

「……?」

「先生としては力不足かもしれませんが、レザリアさんの学びのお手伝いを僕にさせてもらえませんか。その本は言うなれば問題集……の解説書です。厳密には違いますが……」

「宿題ってこと……?」

「そうですね……そういう見方もできるかもしれません。ただ、僕の方から言い出したことなので、無理にとは――」

「ううん! やる!」

「――そう言っていただけると、嬉しいです」


ほっとした様子のゼトを見て、レザリアは急に恥ずかしくなってきた。


(ぼく、こどもみたいだ)


顔を背けながら手遊びをしては、目線が定まらない。


「ゼトさん」

「はい」

「このノートって……いくらなの……?」

「いくら……魚卵ですか?」

「たまごじゃないよ! おかねだよ!」

「あぁ」

「『あぁ』じゃないよぉ」

「お店のお手伝いをしてくださったら、それで構いません」

「……いいのかな」

「もちろんです。そもそも僕はあなたを助けると決めた時から、色々な心づもりをしていたのですから」


レザリアはすっかり機嫌を取り戻し、ゼトから受け取ったノートを大事に抱きかかえる。見た目のわりにずっしりと重く、ノートの角で叩かれたらとても痛そうだ。


「そうだ、レザリアさん。これからは、この店を宿として使って頂いてもかまいませんので」

「え……?」

「言ったでしょう? 心づもりをしていたと」


(ひょっとして、今なら何でもお願い聞いてくれるかな)


ここぞとばかりにレザリアは言う。


「……じゃあ、12時になったら起こしても――」

「だめです」

「――はぁぃ」


食い気味に拒否され、レザリアは反省する。


(さすがによくばりだよね……けどひょっとしたら――)


――もっと押したら許してくれるかもしれない。

そんなことを考えながら、レザリアはとぼとぼ2階へと向かう。

見かねたのか、ゼトが声をかける。


「レザリアさん」

「はい……」

「おやすみなさい」

「……! おやすみなさい!」


打って変わって軽い足取りで階段を上り、途中で振り返っては嬉しそうにゼトの姿を眺めるのだった。

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