ロビィとコロシアムのけっとう!
「闘技場ドームに来たわね。全員ブチのめしてやるわ」
「わたくしは付き添いです! ンン~」
葡萄酒と山吹色の捩れサイドテール、ツバキのかんざし、カキツバタ柄の羽織と膝丈のスカート袴。
いつもの格好でロビィは、スタジアムドーム・パイシーチュ闘技場へ遊びに来ていた。
その後ろで拳を突き上げる、葡萄色の逆立ちV字襟足を獣耳のようにした、袖無しミニスカ貴人服の美女は、裘雲貂。
その正体は雨と渦雲の神仙獣、穹霆宝君。宝の君だ。
さて、円い形状のマットレス・リングに、四方からの強烈なライト。このスタジアムで遊ぶことなんて、ひとつしか考えられない。
「キサマのような小娘がオレさまの相手か! どれ、軽く捻ってやろう。ぐははは……!」
「どうも。お手柔らかに……いえ、甲羅柔らかにと言うべきかしら?」
「頑張って~」
リングにてロビィと対峙するのは、巨大アルマジロのフレクトロ。
自慢の甲羅とツメを振りかざし、彼は早くも勝った気分。
「そらぁ~! 穿孔斬!」
「遅い!」
「フッ、かわしたか。だが、襲いくるツメのラッシュに、いつまで持ちこたえるのかな!?」
フレクトのツメが、キラーンとひかった。彼のツメは、破壊力バツグン。当たりさえすれば、ダイヤモンドも粉々にする。
「そらそらそらそらッ! 穿孔斬・輪舞!」
「遅い。遅い遅い。遅いっ」
猛烈なスピードで迫るツメのラッシュを、ロビィは跳んだり跳ねたり、かわし続ける。
そのうち、限界が来たのはフレクトの方だ。
「はぁー、はぁー……いつまで逃げ回るつもりだ。ちょこまかと走りやがって」
「そうね。あなたに勝てるまでかしら」
「笑止。逃げ回ってばかりでは、永久に勝てんぞ~!」
フレクトロの体が立ち上がった。いよいよ彼の最強技、超必殺惨殺ツメラッシュ破壊殺転臨・演舞殺が始まる。
死の合図。それは彼がツメの両手を振り上げた時、
「隙あり。"戦意"斬り」
「ぐわぁ! オレの弱点の、お腹がぁ~!」
ロビィの横蹴りが、フレクトの柔らかいお腹を蹴り上げた。
フレクトの必殺技は強力だが、同時に彼の弱点を敵へと晒す、諸刃のつるぎなのだ。
赤黒い剣閃が斜めにはしり、フレクトの戦意が断ち切られる。戦闘不能だ。
「ま、参りました~!」
「対あり。裘雲、水」
「さすがです、ロビィ様! 搾りたてのボトル雨水です、どぞ!」
開けたボトルの中身を裘雲の顔にぶつけて、ロビィはリングから離れていく。
コロシアムは誰でもいつでも使えるが、他の利用者がいたら譲り合う決まりだ。
観客席に移動したロビィと裘雲。ふたりに近付いた人影が、呑気な声で話しかけた。
「あ~ら、お揃いで。おふた方、揃ってトルテ様にやられに来たのかしら?」
「げ。トリィ」
「わたくしは今日、付き添いです」
顎に手刀をあてて、胸をそらすのは赤マゼンタ髪に縞柄ドレスの、ビーム道化師リシュトルテ。
さほど悪い子ではないが、執念深くロビィをライバル視してくるので、食べ物の催促する時以外は、ちょっと苦手な相手だった。
「なあに。あんたも遊ぶわけ」
「当たり前でしょ!? そこの裘雲、アンタも出なさい。今度こそ、そのキツネ面を灰にしてやるんだから!」
「あらヤダ怖い。オホホホ……」
本当の悪人が、扇子で口もとを隠して笑う。
彼女もまた、一度は自身に勝った者として、トルテにライバル視されているのだ。
そのうちにトルテの順番が来たようで、彼女は去り際に振り向いて、言った。
「アタシの相手は、このドームの持ち主、ボンボンらしいわ。ま、かる~く捻って……その次はアンタよ! ロビィ」
リングの上を見ると、なるほど色眼鏡に毛皮のコートを着た、クセ毛の美女が立っている。
ボンボンとやらは、冷えつくような片刃の槍を肩にかけて、凶悪な笑みを浮かべていた。
「はっ、ははははは! そらそらそらそらァ!」
「うっ、く! 速、待っ──」
試合が始まってみれば、なんとトルテは防戦一方。
槍を振り回すボンボンの神速についてゆけず、キャノン砲身を盾に耐えるしか出来ない。
これには、けっこう呑気してたロビィも驚愕した。いつもはロビィが勝つとはいえ、トルテの強さは決してロビィに劣るものではない。
見開いた目のロビィの喉が、ごくりと動いた。あのボンボンの動きは、速すぎる。
「アッハハハ……! なあに、その顔。まさか、わたくしが単なる遊びに、アナタを誘うわけもないでしょうに」
「裘雲あなた……まあ、そうでしょうね。不気味だとは思ったわ」
「イケメンの彼女の名前はゴーフバントレア。ドがつく程の金持ちで、質のいい武練を溢れる財力でものにした、財と武力の帝王よ。これでアナタも御仕舞いね」
オホホホ……と、扇子で口を隠しながら、愉しげに笑う裘雲。
まあ、彼女の企みには慣れている。ロビィは小さなため息をつき、試合へと視線を戻した。
「うわ~ん! 死の"即死"ビ──」
「むっ! ご婦人!」
キャノンの砲口から死の破滅赤色が漏れひかる。それを確認した瞬間、ゴーフの姿がかき消えた。
その速度たるや、もはや泣き喚き冷静さを欠いたトルテに追いきれるレベルではない。
ザスザスザスザス! キャノン口に、いくつもの氷の槍が突き刺さる。
たちまち壊滅赤色が薄く消えゆき、トルテは目を見開いた。
氷の刃閃がバツ字に伸び、戦意を砕かれ膝から折れるトルテ。
トルテの背後にゴーフが現れ、氷の槍を振り抜いてみせる。
「"即死効果"凍てつき。そして"戦意"砕き」
「そ……そんな……」
「ご婦人、ご退場を願おう。"即死効果"を伴う全ての行動、一切の使用を禁ずる……それが我が闘技場のルール!」
「う~……エェエエエン!」
ハンケチを噛みしめ、リングからトルテが、ダッシュで降りていく。
まばらな観客席から歓声があがり、皆それぞれにゴーフを称える。
「さすがだなゴーフ!」
「テメェ、次は負けねぇぞ!」
「ブチ殺してやるからな! そのキレイなツラを!」
ゴーフは槍を肩に担ぎ、余裕の笑みで返した。
「ああ、いつでも掛かってこい! オレは絶対に負けないぞ!」
記録上、彼女が初めて闘技場を訪れた時から、ゴーフは連戦連勝・完全無敗の無敵プレイヤーである。
「然らば。さしものロビィ様も、不様に負けて泣き顔、晒してくださるんじゃないの~?」
「そうね。かなり厳しいかも」
ぷぷぷ、とばかりにウザイ顔をする裘雲。なのにロビィは反応が悪く、裘雲は少しムッとした。
それほどロビィは、ゴーフの速さに魅せられていたのだ。
「さあ、次の相手は誰なんだ!? このゴーフと戦える、幸運な相手は!」
グラサンが紫にひかり、ゴーフが凶悪な笑みに歪む。
周りは皆、帰り支度。残る相手はロビィだけだ。
「──斬撃マグナム」
リングに立ったロビィの左胸部に、ビームが形を持ち現れる。
幅広の刀身に、真中欠け諸刃の剣先。大型ハンドガンの斬撃マグナムだ。
ゴーフの顔がニヤリと歪み、斧刃付きの槍先をロビィへ突きつけた。
「へえ? やっとテメェのビーム武器を晒す気になったのかい、ねえさん」
「別に、隠してはいないわ。使う相手に恵まれなかっただけ」
「オレは違うと? フッ、そいつは恭悦だ」
マグナムを取らず、平手を前に出し、拳を引いて構えるロビィ。
先の速さから見て、狙い撃ちの時間など与えてはくれないだろう。
確実な瞬間に、絶殺の威力を叩き込む。
むき出しの前腕に斬撃の効果をまとわせ、ロビィは目の前の敵を睨みつけた。
「さて! それじゃあ、ガッカリさせちゃあ悪いよな──っと!」
「……! っ、」
神速。
以前、仕事に付き合ったシスターの動きと互角か、それ以上。
凄まじい速度の、突き・薙ぎの嵐。手払い足蹴り、どうにかロビィは対応するが、かなり一杯一杯だ。
客席で唯一の見学者、穹霆宝君が面白くなさそうに、フンと鼻を鳴らした。
ロビィが槍に触れるたびに剣閃が何度もはしり、"勢い"あるいは"速度"を斬りつける。
が、駄目だ。槍の引きが速すぎる。切断する前に戻るどころか、次の攻撃が飛んでくる。
"時間"を斬ってみる? そんな隙はない。転んで隙を見せる? 普通に刺されて殺されそう。
今まで見た何よりも異次元の速度に晒されて、ロビィは自身のタイツのように裂けそうな気分になった。
「ははははは! どうしたどうしたどうしたどうしたァア!」
「くっ、うっ……ハッ、アアッ!」
「槍ばかりに気を取られんなよ。そらっ!」
アアーッ! 悲鳴をあげて、ロビィの体が宙にブッ飛ぶ。転がるロビィの視界が、突き出した足を戻すゴーフを一瞬とらえた。
「やるねえ、ねえさん。オレに蹴りを出させるとは」
「何よソレ。褒めてるつもり? ゲホッ……」
「ハッ、休憩時間を与えてるのさ。慈善事業だよ! さすがに疲れただろ、ねえさん」
「ッ、舐めるな!」
怒れるロビィがマグナムを抜き放つ。連続発砲の雨に襲われるも、ゴーフの槍が振り払う。
しかし、無数にひらめく剣閃に、ゴーフの視界が封じられた。
「!? 消え──上かっ」
ロビィの姿がないことを確認した後、即座に上を向くゴーフ。
だから、速すぎだっつの。空中に飛びながらロビィは、とび蹴りの姿勢で片足を突き出した。
「"時の進み"撫で斬り、"空気抵抗"! そして"戦意"斬り! 斬撃キィーック!」
「──やるな、ねえさん! ならば、オレも必殺技を見せるしかあるめぇ!」
"時間"を少し斬りつけ、とんでもない速度で急降下する飛び蹴りのロビィ。
だが、ゴーフは慌てるどころかニヤリと笑い、蹴りに負けない速さで槍を振りつけた。
「"斬りつけ"凍てつき、"威力"凍てつき! 喰らえぃ、破壊力MAX・回転車輪槍吹雪!」
「な──」
「!? いけない!」
裘雲が席を立ち、その姿がシュンと消える。
そして、蹴り進むロビィへと、吹雪風のカマイタチが解き放たれた。
「──グッ!? アア……ッ!」
「ロビィ様、これまでです! 今は、この方には勝てません!」
蹴りが少しだけ拮抗するも結局、ロビィはカマイタチに弾き飛ばされる。
無理に弾かれ無防備を晒す空中ロビィに、裘雲が飛びつき抱きとめる。
「う……ぁ?」
「帰りましょう、ロビィ様」
「待ちなよ! 逃がすと思うかい、おふた方!」
「ええ、思います。神仙擬術"渦潮けがわ"!」
そして、迫り来る追撃カマイタチの猛吹雪に向けて、裘雲は神仙張り手をさし開いた。
裘雲の手のひらの前で渦雲がグルつき、流れが水へと変わり、やがて潮となる。
そして、裘雲たちを隠すほどに広がった渦潮は、死に神吹雪の大鎌を、容易く受け止め飲み込んだ。
「な!? ウソだろ、オレの技を──」
「水なぎつきて、岩しらず。岩われおちねば、水しらず。……返すぞ」
「──跳ね返ってくるだと!? いいねぇ、あねさん! 最高だぜ!」
渦潮の鏡から、幾重ものカマイタチが怒涛の勢いでゴーフへ迫る。
ゴーフはニヤリと笑うと、氷の槍を思いっきり後ろに引き、そして一気に振り上げた!
「"威力"砕きの、吹雪あげ~!」
天を突く、巨大な吹雪の竜巻柱が、カマイタチの群れと激突する。
風の刃は混ざり合い、溶け合い、そして冷たい突風を放って一緒にかき消えた。
「おおっ!? へっへ、寒い寒い!」
ドーム内が荒れ狂う氷風に晒され、壁やリングがガキガキ凍る。
かくや氷山の霊峰というほどにコロセウムが凍りついた時、ドームにはゴーフ以外は居なくなっていた。
「逃がしたか。っと!」
ゴーフが槍の石突きでリングを叩くと、ドーム内の氷が一瞬のうちに破砕する。
凍てつくも砕くも、氷はゴーフの自由自在だ。
「ん……? おお、オレとしたことが。まいったね」
──パキパキパキ、バキン! ゴーフのサングラスが、氷と共に砕け散る。
どうもあの獣耳の女の、カウンター技の威力を見誤ったようだ。
顔についた細かな氷を手で払うと、ゴーフは笑いながら太陽のような瞳をキラつかせた。
「今度は、あっちのあねさんとも……最後まで、やりあってみたいもんだな」
もちろん、最後とは死ぬまでだ。
この世界の強者の例に漏れず、ゴーフも戦闘狂いであった。
「──はくちゅん! う~、カゼ引きましたかね」
「あんたが一番、氷に晒されたものね」
タリア・パストリテ通りの貸しアパート。
バラバラになった新鮮な生肉の塊を、いくつもキッチンへ運ぶロビィ。
"腐敗"そのもの自体は完全に断てるようになった。でも、一緒に生肉まで斬れてしまっては意味がない。
まだまだロビィの修行の日々は続きそうだ。ロビィはウンザリした顔で、しがみ着く裘雲を引き剥がしにかかった。
「ロビィ様を庇ったんですからね~? わたくし、まだお礼の言葉をいただいてませ~ん」
「あんたは自業自得でしょーが。離れなさい!」