第一章⑹
「・・・したんです」
「え?」
「母を病気で亡くしたんです。三歳の時。元々、父と母は仲が良くなかったんです。と言っても、原因はほとんど父にあるんですけどね。休みの日はきまって、競馬やボートにパチンコ、ギャンブルと言われるものはほとんどやっていたと思います。真っ赤なベンツで帰ってきたと思ったら、洋服に香水の匂いがついてることもありました。母は、相当苦労したと思います。そんな父に気付いていながらも気付いてないフリをして、私を育ててくれた。でも神様って本当にいるんでしょうか」
次第に声が詰まり、すすり泣く声が聞こえた。
目には涙が溜まっている。俺はそっとポケットからハンカチを取り出し、彼女に渡した。
「ありがとうございます。三島さんってやっぱり優しいですね。」
「今更?」と冗談で返す。
「もっと葉山さんの話を聞かせて。君のことが知りたい」
自分の言葉に嘘はなかった。もっと葉山さんのことを知りたい。後輩に対してではなく、一人の女性として興味があった。
彼女は、顔を上げるとハンカチをギュッと握りしめ、また語り始めた。
「母は交通事故で亡くなったんです。私を保育園に預け、自転車で職場に向かう途中に。車に轢かれ頭部を強打して即死でした。原因は運転手の居眠り。後々、聞いた話によると相手の車は真っ赤なベンツでした。居眠りをしていたのは父だったんです。当時は単身赴任と聞かされ、そういうものかと思ってました」