第一章⑶
昨夜の記憶を水と共に思い切り流し込み、誠は体を起こした。何とも言い表せない靄がかかったこの感情ですら、夢の国は昇華してくれるのだろうか。
「私も少し頭痛いし、また違う日にする?」
「そうだな。彩花も具合悪いなら丁度良かったかもね」
良かった。正直、行きたい理由よりも、行きたくない理由を探す方が簡単で、どう納得させようか行き詰まっていた所だ。この頃よくあることで、行く気力が起きない時は、彩花もその日体調を崩すことが多い。
一昨年、新型コロナウイルスという感染症が猛威を奮い、コロナ用の検査キッドを作るうちの会社は、破竹の勢いで売上を上げていき、営業担当である俺は、付き合いや接待での飲み会が格段に増えた。当然、朝方まで付き合うわけで次の日、彼女とのデートをキャンセルすることはよくあった。それもそうだ。五年も一緒にいると交際当初の初々しさなどかけらもなく、彼女は朝食のパンに必ず、砂糖を小さじ一杯入れたブラックコーヒーを添えるし、掃除機の後に雑巾をかける。分かってしまうが故に新鮮さがない。学生時代の倦怠期とは訳が違う。
ふとテレビに視線をやると、おしどり夫婦を集めたクイズ番組が目に入ってきた。
「離婚率が増えてる日本ですが、その中でお二人が仲良しの秘訣は何ですか?」
仲良しの秘訣?そんなのは決まってる。お互い飽きないようにイベントやサプライズを欠かさないことだ。俺にはそれすらも出来てないが。
だが、待っていた回答とはかけ離れたものが男性の口から返ってきた。
「特別なことをしようと思わないことですね」
どう言うことなのだろうか、特別なことをするから相手は喜ぶのだとばかり思っていた。
解せない。本当にそうなのだろうか。普通が悪くないのは分かっている。だが、それはあくまで自身の結果や能力に対しての話だ。だから彩花との普通の日々に彩りがなく、自分の中で彼女の優先順位が下がっているのではないか。