第一章⑵
「○○系の商事に勤めてるよ。」
○○商事は、上場企業であり毎年、企業人気ランキングでは上位にあがるほど、将来が保証されている名高い企業である。
早稲山大の卒業生の中で目立たない方ではあるが、十年後も続くかわからないベンチャーに入社するより、よっぽどいいはずだ。
「新卒で入って四年目かな。ある程度の業務は覚えたし、後輩も徐々に増えてきてる」
「お前はほんと昔から、普通の安定した人生。って感じだよな」
「なんだよそれ、おちょくってるのか」
彼らの中では冗談のつもりらしいが、簡単には聞き流せなかった。
しかし、実際、昔から普通だった。
大学が都内にあるということもあり、十八歳の時、東京に越してきたのだが、生まれは、県内百万人ほどの田舎。学校まで自転車に乗って畦道を抜け、蛙の合唱がこだまするような川沿いを走るようなとこだ。
学生時代の成績は、大体上から数えたほうが早い。小学五年生の時は、学年で九位を取ったことだってあるし、高校一年生の時は、現代文で満点を取ったことだってある。人に教えるまではいかないものの、先生に指名されたら、ある程度は答えられる。スポーツだってそうだ。中学最後の夏の大会、野球部だった俺は七番レフトでレギュラーとして出た。彼女だってそれなりには出来たし、友達も居ないわけではなかった。
だから、"普通"が時に揶揄され、嘲笑の的になろうとも、俺は平均的な能力を持つ自分を疑わなかったし、誇りにさえ思っていた。確かに今の時代、没個性、と言われたり出る杭は打たれる、と言われている日本ではあるが、各々が個性を持ち、俺はどうだと言わんばかりに世に問う若者が増えている。ただ、そういった輝きを放つ裏で、陰の部分も又、個性となりその人を作り上げる一部となっている。突出した部分があればその分、欠如する部分も必ずある。人とはそういうものだ。