魔王の未来計画
一度戦ったことのある相手だったから、なれていない女の子の体でもなんとか勝てた。剣は持ってきていなかったが、近くにいた魔族の兵士から剣を奪って戦った。
そして剣と融合した魔族の兵士が倒れていくその後ろで、魔王は考えていた。
(さて、聖域という我にとって害となる場所にまで我がわざわざ出向いたのは伝説の剣を手に入れた勇者と戦うためであったが……目の前のコレは勇者と判断して良いものか)
魔王は考えているうちに、元勇者は魔王にも切先を向けた。その様子を見て一計を講じることにした。
「我が軍よ、我を残して町の方へ向かうが良い。簒奪略奪も自由にしろ!」
「なっ!」
魔王は自身をその場に残したまま、軍隊を聖域近くの町に向かわせた。
そうはさせないと元勇者が止めようとするが、魔王が近くの木を剣に変化させて、振り下ろしてきた。それを跳んでかわす。
魔王からの攻撃をかわしているとあっという間に魔族達はその場から消えて、みんな町の方へ行ってしまった。
「な、何をしているんだ!」
「安心しろ。どのみち奴ら程度では聖域の力によってまともに動けん。あそこに勇者の力を持つ者がいるのであれば、全員倒されるであろう」
「え? ならなんで! お前の仲間だろ!」
「勇者を誘い出す」
魔王は元勇者と攻防を繰り広げつつ時間がある程度経つのを待ち、そしてタイミングを見計らって上空に向けて黒く光り輝く球を打ち上げた。それは空中で爆散した。
「なにを……きゃあ!」
魔王は戸惑う元勇者を吹き飛ばすと、魔王は彼を追い詰め剣先を向ける。
「その悲鳴、もはや女そのものだな」
「くっ」
「なあ我の生とは一体なんなんだろうな」
「え?」
「我はずっと勇者と、伝説の剣を警戒———いや恐れていた。だからこそ今計画を“実行”しているわけだが、勇者も伝説の剣もこの世に存在しなければ我の天下であった。魔王歴は50……いいや、もう60年か。60と数年続いたんだな」
「計画? 実行……? な、なにか企んでいるのか」
「企まない魔王がいるか」
元勇者は仰向けに寝転がっていた、その腹を踏みつけられた。
「ぐはっ!」
「知っているか。人間と同じ二足歩行の生物の最大の攻撃は踏みつけることだ。これが一番ダメージが入る」
まるで世間話のように続いた魔王の話。
しかしそれも、待ち望んだ人物の登場によって終わる。
「やっと来たか」
現れたのはTランテス・クロスホーク———の姿をした、元女剣士。
彼女は魔王に怒りを向けている。入れ替わった相手である、ローラ・ナッチュハムの姿をした元勇者の方を見向きもしない。
「魔王おおおおおお!!!!」
魔王は勇者から怒りをぶつけられても平然とし、威風堂々と立って見下す。
「貴様は人間か?」
「お前は! 私の……パパとママを……!」
「人間ならば跪け」
「そして私の誇りを———ッ!」
「そして傅け」
「魔王オオオオ!!」
Tランテスの持つ勇者の剣は、魔王に向かって振り下ろされる。
それを魔王は掌で受け止めようとして、しかし剣が手を抉り、切り飛ばした。魔王の手は半分に斬られて、ナッチュハムのそばに落ちた。
そばに落ちた魔王の半分の手を、元勇者———ナッチュハムが見るとまるで生きているかのように蠢いていた。
「ぐ、ああ……勇者の剣が我に効くと言うのは本当だったか」
「アアアアアアアア!!!」
怒りに身を任せて勇者は剣を振るう。
目の前で自分の姿をしているのに、その怒りの形相はまるで別人で、自分が何かに取り憑かれたかのような光景を見てナッチュハムは動揺したが、しかしそれよりも伝えるべきことがあることに気づく。
「ま、待て! 魔王はまだ何か企んでいる!」
「ガアアアアア!!」
「ふはは! なるほどな! 勇者の資格とはそう言う意味だったか!」
身体中が切り刻まれていく中で、魔王は何かに気づいた。だがそれが何か、ナッチュハムとTランテスが理解する前に、勇者の剣は突きの構えに変わる。狙いは魔王の心臓だ。
殺される、と察した魔王はその一瞬のうちに思考を巡らせた。
(勇者というのがなんなのか理解ができた。だとするとあの、魔族のガキに変わった勇者の“心”……あれを残しておくのはまずいな)
魔王は心臓を貫かれる直前、残っていた片方の手を動かした。
指を一本、二本、三本動かしたのちに手を止めた。そして勇者の剣が迫り来る。
それを胸を広げ、睨むのをやめずに待ち構える。
「これにて魔王の序曲は終幕だ!」
勇者の剣は魔王の心臓を貫いた。
「ぐ、ふぅッ……ガあッ!」
苦しそうに、そして悔しそうに歯噛みしながら血反吐を吐き、一歩二歩後退りした。
勇者の剣が引き抜かれて、魔王は後ろに倒れた。ドシン!と地面を揺らす。
「が、アア……あああ……」
一瞬、目がナッチュハムの姿を捉えて、そして口元を歪ませると———魔王は白目を剥き、息絶えた。
「はあっ、はあっ、はあっ!」
「え……こ、こんなあっけなく……魔王が」
息切れするTランテスと、呆然とするナッチュハム。
しばらくTランテスの荒い息遣いの音だけだった。
そうして、魔王が死んで何分後か、勇者の仲間達が駆けつけてきた。そして勇者の剣が血に濡れていて、目の前で魔王が死んでいるのを見て、仲間達は放心した。
「え………」
「あれって、魔王か?」
「ま、間違い無いよ。私一度見たことあるから」
「じゃあ死んだ? 魔王が、死んだ?」
「今ここで? こんなあっさり……?」
動揺する仲間達。Tランテスはそんな彼らを見て、息切れしながらも、勇者の剣を高々と掲げて見せた。
血塗られてもなお輝く勇者の剣。それを見て仲間達も実感を得る。魔王を倒したのだと———!
「やった……」
「やったんだな……はは」
「やった!」
「やったー! ははは! やったー!!」
仲間達は喜んだ。
その光景をナッチュハムは遠巻きから眺めていた。
「……ああ……」
何も言えなかった。
悲願の達成を全て入れ替わった女の子がクリアしてしまった。
———『なあ我の生とは一体なんなんだろうな』
頭の中には魔王の言葉が浮かんでいた。なんであんなこと言ったんだろう。
そして同時に、自分の勇者としての生も一体なんだったのだろうかと考える。
魔王の死体を眺めながらそう思い、元仲間達の歓声から逃げるようにその場を後にした。