元勇者は魔王に直面する
「で、なぜ貴様がここにいる。まさか聖域近くの町で、我への復讐を企んでいたか?」
目の前に現れたのは、魔王。それと魔王が率いる軍隊。
勇者の敵。
人間の敵。
大敵。
「ん? 何を固まっている」
が、元勇者は体が動かなかった。突然最大の敵が現れたことによるショックも大きいが、何より、ここで自分に何ができるのかがわからなかった。
自分はもう勇者ではない。けれど精神は目の前にいる巨大な敵を倒せと言っている。埋め込まれたミームが彼の考えを収束させる。魔王を倒せと言っている。
(だ、だが………どうして、どうやって)
勝てる見込みはない。魔王が指示すれば後ろに控えている魔王の配下達が襲ってくるだろう。なにより魔王に勝てるビジョンが見えない。
(このまま殺されるんだ。なんで、なんで俺ばっかりこんな目に……)
なんでここで魔王に会うんだ。勇者になれなかった自分を、神は殺そうとしているのか?
せめて安全に帰してほしい。いいや……帰る場所なんてないから、今ここで死ねと言うのだろうか。
「おい」
「ッ!」
目の前から魔王が重々しい声を発した。聞いた事はない、魔王と会った事なんてないのに、苦手意識が湧き上がり体が震える。鳥肌が立つ。
「いつまで我の時間を奪うつもりだ」
イラついた魔王の言葉に応じて、後ろの魔族の軍隊が動き始めた。魔王は両腕を降ろしたままで、周りの軍隊が勝手に動き出す。そして元勇者を取り囲んだ。
「何をするかは、貴様が判断しろ」
「なに、を……って」
何を?
考えが萎縮する。怯え、逃げたいが……逃げたって意味がないことに気づく。
(逃げられない、なら)
なら何をする。
膝を折って魔王に平伏———
「それはない!」
屈服する選択肢はない。それは今までの自分のやってきた事を裏切ることになる。
いや。
自分はついさっき神に裏切られたばかりではないか。ならもういいじゃないか。疲れた。ここで屈服したって———いいや、死んだっていいじゃないか。潔く。
「何がいけなかったのかなぁ……」
魔王の冷たい視線が見つめてくる。
引き込まれそうな瞳に、自分はなんのために生きていたのかと反芻した。
「オレはなんのために……」
「ん? なんだ? お前の心、歪だな」
「心………」
魔王の目。魔王の声。
そうだ、自分は魔王を倒すために旅してきた。そう言う使命があった。勇者なんだ。
ならここで何をするのか。
決まっている!
「魔王を、倒す!」
そう決意した瞬間、すぐ後ろにいた魔族の兵隊が背中を切りつけてきた。
「ぎゃあ!」
「倒す? 我を?」
背中から血を流す年端もいかぬ少女を見下ろす魔王。突然、反抗的な意思を見せたソレに違和感を覚える。
(なんだこいつは。いや、まさか……星の川伝説の、あの、入れ替わりの魔法が関係しているのではないのか。となると……そうなると……)
「ぐ、あっ」
「ふははは! そうか貴様! 貴様が勇者か!」
「違う!」
「なに?」
「オレは、もう……勇者じゃない……もう何もない……だったら!」
血を流しながらも、元勇者の少女は立ち上がった。
「お前を倒して自分を証明するしかない!」
「そうか? この世の全てから拒絶された貴様が、万が一にも我を倒せたとして、その先の未来はどうなる! 貴様が魔王を倒したと言う成果を提示したとしても、貴様を入れ替えた王たちや貴様の仲間共は隠滅のために貴様を認めないぞ!」
「……わかってる……わかってんだよそんな事! でもオレは今まで仲間に迷惑をかけてきた。勇気がないから、なんの役にも立てなかった。だったら今ここでその勇気を———」
「そうだ! もっと怒れ! 怒って我を倒して見せろ!」
「え?」
「勇気とは結局怒りの先にあるものだ! 怒りに身を委ねるからこそ敵を殺せるのだ! お前は今まで優しすぎたな! だがそれも終わりだ!」
ザッ、ザッと周りの魔族の兵隊達がさらに距離を詰めて来る。
「怒る事でしか力を行使できない故障した生物人間よ! 怒れ! そしてこの窮地を乗り越えて見せろ!」
魔王は、その兵隊達の一番近くにいた魔族に近づくと剣を取り上げて、なんとそのまま剣を魔族の頭に埋め込んだ。
「え……まさか!」
剣が埋め込まれた魔族は、途端に体を変化させていった。
頭から剣がツノのように突き出て、巨大化しながら関節部分が剣の柄と同じ形になり伸びていく。そして5本指の先にある爪が剣に変化した。
現れたのは魔族と剣が融合した異形の怪物。
「生物と無機物の融合。これこそが我が魔王たる力よ」
「今まで旅の中で見てきた化け物達は、魔王が作っていたのか……」
「さあ我を倒せるか!」