運命の日
泣き腫らした翌日の朝、目が覚めると勇者は胸の辺りに違和感を感じた。
「なんだ?」
思わず触ってみると柔らかな感触がした。それと重さを感じる。まるで女の子の胸のようだった。
勇者は女の子になってしまっていた。鏡を見ると見知らぬ少女の驚いた顔が映し出される。
「なんだよ……これ」
あんな目にあった次の日に、自分が女の子になっているなんて、もう頭の中がパンクしそうだった。心も疲れる。
焦る気持ちの中で、自分の今の体を触ったり鏡に写してみたりしていると、寝室のテーブルに手紙が置かれていた。
———ホークへ。
この手紙を読んでいて、もし僕らが君のそばにいない状況なら落ち着いて続きを読んでほしい。
僕らは君が好きだ。それは何があっても変わらない。けれどもうこうするしかないと判断した。君に相談をしなかったのはきっと君なら絶対に諦めないとわかっていたからだ。だからこそ……君の体をローラ・ナッチュハムと言うそれなりに名の通った剣士の女の子と入れ替えた。
もう、疲れただろう。ホーク。
もういいんだ。休んでほしい。
自分の体が変わって驚いているだろうけど……ごめん、受け入れてくれ。
それでも僕らは君の味方だって事は
いいや都合が良すぎるな。黙ってこんな事をしたんだ。非難されて然るべきだ。だからホーク、恨むなら僕一人を恨んでほしい。他の仲間たちも、そして君の体と入れ替わったナッチュハムも恨まないでほしい。
身勝手なお願いだとは思うけど。
ごめん。
———グアムラムより。
「グアムラム……なんで、アイツが」
手紙を書いたのは勇者の仲間だった。内容を読んで、仲間たちが勝手に自分の体をナッチュハムという女の子と入れ替える計画を実行したことに愕然とし、体のバランスが違うのも相まって後ろに倒れるように尻餅をついてしまった。
尻が痛い。
「そうだ……俺の元の体!」
元のTランテスとしての肉体はどこへ行ったのか。
入れ替わった、と言うのならナッチュハムの精神が入っているのだろうか。そうだとしてもどこにいるのか。
慣れない女の子の体で走りにくさを感じながら、泊まっていた宿屋の店主の元まで行って聞いた。
「ああ、勇者様ならまた聖域に向かったよ。仲間と一緒にね」
「え………?」
その時、心がざわついた。
まさか仲間たちは、入れ替わった方の自分と共に、また勇者の剣を抜きに行くつもりなのではなかろうか。そうだとすれば自分の存在意義はどうなる。
急いで身支度をして———着替える途中に裸を見てしまったり、部屋にあった女の子の服を着る事に恥ずかしさを覚えたりしたが———聖域に向かった。
———剣は抜けないだろうと期待した。
———淡い願いだと言う自覚はあった。
———体は勇者でも、心が違えば剣も認めないだろうと願った。
———だが……。
聖域の奥、勇者の剣が台座に刺さっている場所に辿り着いた時、彼は目撃した。仲間たちの中心で高々と剣を掲げる、自分の姿を。
元勇者は叫ぶしかなかった。絶叫し、泣き叫ぶしかなかった。
その声を聞いて仲間の一人、綺麗な金髪をした女の子のシンシアが近寄ってきた。
「ほ、ホーク……その、ね。私たちは……」
「………もうっ、いいっ!」
「え?」
「お前らなんか仲間でもなんでもない!」
仲間からも裏切られたと思った。
だから元勇者はシンシアが差し伸べた手を振り払い、その場から逃げ出した。泣きながら走り、走って、聖域の外に出て町に戻ってきた。
「あれー? おねーちゃん誰?」
「ぁ……」
昨日、剣が抜けなくて失意の中町に戻って来た時に会った町の女の子だ。後ろには自分に期待してくれていた町の人々がいる。その大人たちの中の一人が元勇者に話しかける。
「聖域から出てきたけど、どうしたの?」
「いや、その……」
昨日までは勇者として優しく接してくれていたのに、今では初めて会った人間と接するようだ。自分は別人の体になっている事を自覚する。
「勇者で……」
「勇者? ああ、役立たずの彼か」
自分の耳を疑った。
「え?」
「勇者なのに勇者の剣を抜けないなんて。我々がなんのために聖域のそばに町を作ったのか……それはいつか勇者が世界を救ってくれると信じたからだ。でも今では年寄りから子供まで彼に失望しているよ」
昨日は純粋に応援してくれているものだと思っていた。だが別人の姿になって話してみると、彼らは自分に失望していた。子供達も顔を伏せている。
たまらず元勇者はその場から逃げ出して、建物の影に隠れた。追いかけてくるものはいない。
「おい! 勇者たちが戻ってきたぞ!」
元勇者が隠れたすぐ後に、勇者一行が町に帰還した。伝説の剣を携えて。
「ぬ、抜けたのか! 本当に⁉︎」
「わあい! わあい!」
「今日はお祝いだ!!」
町のみんなはさっきまでの落ち込んでいた雰囲気とは真逆で、剣を抜いた勇者の姿を見て歓喜に満ち溢れた。
その影で元勇者は咽び泣き、町からも逃げ出した。
もう彼に居場所はどこにもないと思った。育った教会に戻っても、父代わりの神父だって自分が勇者である事はわからないだろう。
「はあっ、はあっ……」
とにかく走った。慣れない体で何度もこけながらも、逃げた。
そして逃げた先で———
「ん、お前魔族か。今から聖域に向かったと言う勇者の元へ向かうのだが、共に来るか?」
魔王と魔王が率いる軍隊と鉢合わせた。
「いやお前、10年前に我の元から逃げおおせたガキか。あの時は人間の子だと思い込んでいたが……いやはや、50年も魔族と人間が混じり合えばわからぬものだな」