取り巻く情勢
「それじゃあ、ホーク君はこれから鍛えるって事?」
「ああ! 勇者なのに勇者の剣が抜けなかったなんて情けない話だけど、いつかきっと!」
「うんうん! 応援してるよ!」
魔王に支配された世界で、聖域の近くに町を作り魔王の打倒を夢見る者たちがいた。彼らは勇者の誕生を待ち望んでいた。
勇者の剣がある聖域に行くために立ち寄ったこの町に、戻ってきたTランテスは、その町に住む子供たちや彼に希望を見出している者たちから応援された。
力が込もる。何年、何十年かかるか分からないが、Tランテスはいつかきっと剣を抜いて魔王を倒しに行く事を夢見て鍛え続ける。
(応援してくれる人たちもいるんだ! 俺はまだまだこれからのはず!)
勇者はポジティブに鍛え続けた。
が、そんな勇者を見て仲間たちは、魔王に支配されていない諸国に事の顛末を連絡した。
それを聞かされた国の王たちは魔法で通信を行い、勇者の仲間たちもいる場所に会議場を設けて、相談を始めた。
「どう言う事だ! 何が起こっている! なぜ勇者が剣を抜けない! あれが希望なのではなかったのか!」
「これは危ういのではないか?」
「危うい? どう言う事だ?」
「魔王は勇者が現れた事は知っているはずだ。勇者達は何体もの魔王の配下を倒しながら進んでいたのだからな」
「そして……当然、聖域に向かって入ったのも知っているはず」
「それなのに勇者が伝説の剣を持たずに聖域から出てきた事を知られれば———」
「勇者を殺すために魔王が軍を動かし———」
「いいやそれならまだしも、魔王本人が現れるやも知れぬ!」
「なんだと!」
「剣を持っていない勇者に対抗手段はない! 魔王はきっと勇者の命も、勇者の仲間たちの命も、そして聖域と周辺の町を滅ぼすだろう!」
「最後の希望が消える事態に……」
「どうする?」
「どうする?」
「どうすればいい?」
そんな時、悩む彼らの元へ一人の少年が現れた。ローブに身を包み、フードで顔を隠した怪しい少年が魔法の通信を使って割り込んできて現れた。
「皆様方、私めが解決策を提示したい」
「なんだ君は? いいや、今は一刻を争う。申してみよ」
「今日はちょうど7月7日、男女が銀色の川を越えて一年に一度出会うことの出来る特別な日です」
「それは東方の星の川伝説だったか……それがなにか」
「この日のみ使える魔法があるのです。『入れ替わりの魔法』がね」
「……確かに聞き及んだ事はある。これでも一国の王だしな。確か男と女のみに使える魔法で、心と体を入れ替えられるとか」
「だがそれとこれとなんの関係がある! 与太話も知識自慢も他所でやってもらいたい! わが国にいたら死罪だぞ貴様」
王たちは少年の話に呆れて文句を口々に言う。
話を聞いている勇者の仲間たちも、少年の話が見えてこない。
だが少年は自信満々に言い張る。
「いいえ、解決策はこれしかありません」
「これしかない? 今から時間をかければいくつか対策案が浮かぶであろうに、それらをすっ飛ばして“これしかない”と言い張るのにはそれなりの責任と根拠が必要だ」
「責任は取ります。そして根拠……と言うより、理屈をご用意してあります」
「理屈だと?」
「はい」
少年は勇者の仲間たちを見つめながら続ける。
「勇者は力不足で剣が抜けなかった。なら、その不足分を補えるのが“勇気”を持つ心をだとすればどうです?」
「!」
勇者の仲間たちはハッとなる。その表情の変化だけで王たちも察した。
「良策ではありそうだな」
「待ってください!」
だが勇者の仲間は承諾するわけにはいかなかった。なぜなら仲間たちは勇者のことが好きで、このままだと———勇者が別の人間になってしまう。だからそんなこと許せる訳がなかった。
だがしかし王たちは口々に言う。
「しかし君たちの勇者の“心”が救えるとすれば、君たちにとって良い事ではないのか?」
「このままでは勇者はヘタをうって犬死にする恐れもある。それは君らも望んでいないだろう」
仲間たちは押し黙る。
そんな中で不思議な少年はダメ押しする。
「さっきも言った通りこの魔法は今日だけしか使えない。そして再び使えるようになるには一年後。決めるなら今だよ。もう日が変わるけど———」
「じゃあ相手は誰にするんだ!」
仲間の一人が激昂しながらも聞く。
すると少年はクスリと笑って、指を鳴らした。
「そこは準備してあるよ」
パチン、と言う音と共に、仲間たちのそばに剣を携えた一人の少女が現れた。その目は鋭く決意に満ち溢れていた。