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空の魚

空の魚1


 ちがうんだ。

 ちがうんだよ。

 ぼく、ちゃんとできるって

 一人でちゃんとできるって

 いいたかっただけなんだ。

 だからお願い。

 ぼくに背を向けてしまわないで。

 もうけして。

 けして動かないから。

 じっとしているから。



空の魚2


 もういいかげんぼくだってぼくに

 うんざりしてる.くせに

 どうしてぼくは諦めないんだろう。

 ぼくはぼくにうんざりしてる。

 諦めないぼくにうんざりしてる。

 努力のかいあって

 なんて言葉の使える日なんか来やしない。

 なのに頑張るの?

 頑張って頑張って頑張って。

 それから?

 ぼくはもううんざりなんだよ。



空の魚3


 だってもう決めてしまって

 いるんでしょう。

 ぼくがなにかを言う前に。

 ぼくがなにかを考える前に。

 すべてはもう決まっていて

 それは願いじゃなくて

 命令なんでしょう。

 たとえぼくが遅ればせながら

 笑顔で辿り着いたとしても

 そこにはなにも残されてやしないんだ。



空の魚4


 期待せず、わずかな希望も抱かず

 海の底でただ生きているだけの毎日に

 満足しきってしまえれば

 今よりかもう少しましに

 扱ってもらえるのだと

 ぼくにもわかってはいるのだけれど。



空の魚5


 奴らを刺してやったのだとくらげが得意気に言う。

 けど、ぼくは一緒になっては踊れなかった。

 もしか他のくらげがおなじことをして

 そのせいでキミが彼らから棒でつつきまわされることに

 なったとしたら、キミはどっちを恨むの?

 同じ種類とゆうだけの仲間か

 それともきっぱりと違う種類の生き物か。

 ねえ。

 どっちをより憎むの?



空の魚6


 ぼくはぼくができそこないだって

 ことくらいはわかってた。

 でも、チャンスらしきものを

 目の前にぶらさげられ

 近づかずにはいられなかったんだ。

 最初からしくじるとわかっていれば

 ぼくだって近づいたりしやしなかったけれど

 どうしてぼくにそれがわかる?

 どうしてぼくにそれが?



空の魚7


 ぼくはずっとぼくの尾鰭を見てみたかったんだと

 母ちゃんに言ってみると、母ちゃんは

 お前の尾鰭は十分に奇麗だ

 心配しなくていいよ

 と言った。

 ちがうんだよ、母ちゃん。

 ぼくは自分の目で尾鰭を見たかったんだ。

 でもなぜか母ちゃんは

 わかってくれないような気がして

 ぼくはそれきり口をとざしてしまった。



空の魚8


 なぜあいつとぼくとの違いが

 こんなにもせつないんだろう。

 なぜあいつはぼくと自分との違いを

 あんなにも強調したがるんだろう。

 どっちみちぼくもあいつも

 たかが魚でしかないのに。



空の魚9


 ねぇ、母ちゃん、そんな目でぼくを見ないで。

 不良品できちゃったって顔されても

 ぼくだって困るんだ。

 だって、ねぇ。

 ぼくはもうずっとこんなで

 なにか一大事があったから

 変わったってわけじゃないんだもの。

 ねぇ、母ちゃん。

 ぼく。

 ぼく、困ってしまうんだよ

 とても。



空の魚10


 他のやつらにとって

 たかがでしかないことが

 ぼくにはひどく大切で。

 でも、たかがって言われると

 もうなにも言っちゃいけないって

 気がして、言葉は出口をなくしちゃう。

 それで、ぼくの頭はたくさんの

 たかがで一杯になってしまうんだよ。



空の魚11


 きみなんてなんの力もないくせに。

 あの空に浮かぶ雲ほどの力もないくせに。

 なんであんなことを言ってしまったんだろう。

 ぼくは知っていたのに。

 誇らしさより、ほんのちょっぴりのみじめさに

 彼がこだわっていると知っていたのに。

 ねぇ、くじら。

 きみもやっぱり空が飛びたかったの?



空の魚12


 そう。

 ぼくは水の中でしか生きられないのだけれど

 ときおり、とても窮屈に感じてしまうんだ。

 このあるかなしかの存在に圧し潰されそうな

 そんな気がするんだよ。

 だから、ぼくは不意に泳ぎたくなる。

 上へ上へと、なにもかもを振り切って

 泳いでいきたくなるんだ。

 


空の魚13


 ぼくは笑ってる。

 泣きたくとも、ここでは

 涙の色なんか見えやしないから。

 だって、ここでは泣いたって、

 しょっぱいのが涙のせいなのかどうかも

 わからないじゃないか。

 そんなの悔しいじゃないか。

 だから、ぼく、笑うの。

 涙のことなんて忘れて

 ぼく、笑うの。



空の魚14


 かなわないってわかっているなら

 あともう少し踏み出して諦めてしまえば

 もう望まずにいられるのかもしれないね。

 でも、ぼくはぼくの意思で

 そうはしたくないと思っていて。

 自分の気持ちだけでも

 もうこんなにも矛盾ばっかりだよ。



空の魚15


 どうしてぼくはものごとを単純に

 うけとめられないんだろう。

 それとも単純にうけとめすぎてて

 ことの複雑さについていけてないだけなのかな。

 いろんなことがわからなくなるんだ。

 たとえばね。

 どうしてぼくは魚なの?



空の魚16


 ぼくがあつめたできそこないたち。

 もうぼくを守ってくれなくても

 いいんだよ。

 割れた貝がら、ガラスの破片

 主に見放された巻き貝

 にせものの魚。

 ちりぢりになってどこへでもお行き。

 ぼくももうお前たちを守ってはやらないから。



空の魚17


 うまくできない。

 行列にくわわれない。

 たったそれだけのことで

 ぼくはもう

 えら呼吸しなくてすむところへ

 いきたくなる。

 そうたとえば。

 空の向こうやなんかに。



空の魚18


 だって。

 だって、ぼく。

 頑張ったんだよ。

 自分では頑張ったって思ってたんだよ。

 だから、さっきまでとてもいい気分で

 いられたんだ。

 もっと頑張らなければねって

 そう言われるまでは。



空の魚19


 つりあげられてすぐに食われるなら

 なぜあの時と、後悔はしても

 苦しみを引き伸ばされることはないよね。

 けして逃げられはしないのに

 いつまでも生きていられるって

 幻想をいだきながら

 生け簀で飼われるよりはよほどいいよね。

 それでも

 遊び心で弄ばれるよりはましだろうって

 彼らは言うのかな。



空の魚20


 あまりにも流れがゆるやかだと

 泳いでいるつもりで

 本当は流されてるんじゃないかって

 疑りぶかくなっちゃうんだ。

 どっちでも同じことだって

 もうぼくが思えればいいんだろうけれど。



空の魚21


 みんながとても優しくて。

 ぼくをとりまく水さえ

 優しくて暖かくて。

 なのにぼくだけは優しくなれなくて。

 それが、なんだかとても悲しいんだ。



空の魚22


 母ちゃん。

 ぼくと母ちゃんはおんなじ種類だよね。

 母ちゃんはぼくの母ちゃんなんだから。

 でも、母ちゃん。

 どうしてぼくはこんなにも一匹なのかな。

 母ちゃんもひどく遠くて。

 遠くに感じることがあって。

 遠くに感じているしかなくって。

 そんなときはいつも

 ぼくは一匹ぽっち、なんだよ。



空の魚23

 

 希望も期待もはるかかなたに

 追いやっていたはずなのに。

 水流に巻き込まれ体がねじまげられて

 偶然、見えた自分の尾鰭に

 ぼくは喜んでしまったんだ。

 喜んでまた期待や希望を育ててしまう。

 どんなにぼくの尾鰭が

 ぼろぼろだったかなど関係なく

 ぼくは、また。



空の魚24


 取り戻しがきくのなら

 ぼくが馬鹿を言っても

 許されるのかもしれないね。

 でも、やっぱり取り戻しはきかないんだね。

 まるでぼくが今はきだしたばかりの

 泡のように。



空の魚25


 あまりにも海が広いから

 どこまで泳いでいっても

 行き着く先がない気がして

 ぼくはたまらなく不安になるんだ。



空の魚26


 どうしてぼくが罪を負わなければ

 いけないの?

 仲間達と同じ方へ泳いではいけないことで

 ぼくはいつもぼくにケチをつけてばかり

 いなけりゃならないの?

 取り残されてるのはぼくの方なのに。



空の魚27


 ぼくは海を飛び出した。

 ついに、ついにぼくはあの平和な世界を踏み倒し

 こんなところまで来てしまった。

 なのに、ああ。

 なんてことだろう。

 ここもまたなにもなく

 ただ透明な世界がひろがっているだけだなんて。



空の魚28


 ぼく。

 ぼく、嬉しいんだ。

 嬉しいんだよ。

 空にはなにもなかったけど。

 でも、でもね。

 海が青いんだ。

 ぼく、知らなかったんだよ。

 ぼくはあの青の中にいた。

 それがわかって、ぼく

 ひどく嬉しくなっちゃってるんだ。



空の魚29


 ぼくの涙が空から海へと落ちてく。

 ぼくの涙が海の青に染まってく。

 悲しいんじゃないよ。

 ねえ。

 母ちゃんにもぼくの涙が見えている?



空の魚30


 ぼくは帰るよ。

 あの青のところへ。

 どこにいてもぼくはぼく。

 なにからなにまでぼくでできてる。

 だから、ぼく、帰るんだ。

 どこに行ってもぼくがぼくなら

 ぼくはぼくに満足していられるはずだから。

 一等好きな青のところへ、ぼく、帰るんだ。

 

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