仲間集めは誰でも通る道
────今でも鮮明に思い出せる、あの日のことを。
突如として現れた竜型魔獣。それから放たれた火球を防ぎきった、三重の守護魔法。
それと同時に、守ってくれるように飛び込んできた、オッドアイの少年。
「──っ、やば……」
混乱しながらも冷静に、竜型魔獣を見上げながら抱えてくれた少年は、確かに焦りの色を見せていた。
きっと、彼ならば容易に始末できるのだろう。何せ、バグったらしいキャラなのだ──なんて思考は、一瞬のうちに消え失せた。
ああ、人だ。人なんだ。
散々踏み台だと、かませ犬だと聞かされていて、結局良く分からない怪物認定をされたこの少年は、確かに今、ここで生きる人間なのだと、私──僕は、この瞬間にようやく理解した。
「砲撃魔法:拡大展開」
緩やかに、けれども苛烈に展開された蒼色の魔法陣は、一ミリのズレもなく竜型魔獣を捕捉する。
それは余裕のある行為にも見えて、けれども押し当てられた身体からは、ドクドクという激しい鼓動が聞こえていた。
「弾種:通常」
不意に、彼の表情が歪む。
緊張からなのか、焦りからなのか、あるいは恐怖からなのか。それは分からないけれど、確かに彼の身体が強張った。
だから、思わず彼の手の上に、自分の手を乗せてしまった。
「目標捕捉──3,2,1」
そして、カウントダウンの後に、蒼の魔力光が迸った。
激烈な衝撃。鈍重な反動。それらを逆噴射させた魔力で平然と受けながら、彼は確実に竜型魔獣を仕留めきった。
消滅していく竜型魔獣に安堵のため息を吐いていると、不意に手を握られた──そこで、ようやく僕はハッとしたのだ。
いやっ、なに仲良さげに手を握ってるんだ! というか、僕も僕で、何で手を乗せるとかしてるんだよ……!
仮に、転生前だったらそこそこ絵面になったかもしれないけれど、今の僕、男だし……。
そういうのが求められてる感じじゃないんだよ……!
女性だった頃の気持ちがまだ抜けきってないのかなぁ……!?
内心叫びながら、机を叩く。
「一応、感謝はする。君には助けられた」
そう、助けられた。
正直なところ、今でも腰がまた抜けそうだ。
そのくらい怖かったところを救われた。感謝しないのは、幾ら何でも礼儀知らずだろう──でも!
そうだとしても……!
そういうナチュラル女誑しみたいなことしてくる男が、私は──僕は!! 大ッ嫌いなんだよ……!
「はっきり言って、僕は君のことが嫌いだ! 二度と僕の前に顔を出さないで欲しい!」
ただ……でも、そうだな。
もし僕が、女の子のままだったとしたら、きっとこんな思考すら挟めずに、惚れちゃってたんだろうなー、なんて。
安堵とため息、それから焦りと共にそう思ってしまうくらい、日之守甘楽とかいう少年は、ちょっとかっこよかったのだった。
アルティス魔法魔術学園には三つの寮が存在する。
ひとつ、赤の不死鳥。
ひとつ、白の一角獣。
ひとつ、黒の人魚姫。
それぞれの寮が、この学園を創設した際に貢献した人物が名付け親となっており、当然ながら、入学時に全生徒はそのどれかに振り分けられる──のだが、そこに特に意味はない。
いや本当に、理念とか信念とか、あるいはステータスですら、特に作用することなく、ランダムに振り分けられるのだ。
これはゲームでも同じことであり、だからこそ、どの寮が良い──というのは、特にない。
せいぜい、制服に縫われる刺繍が変わるくらいなものであり、特段、何かしらのバフ/デバフがかかることもなければ、その寮だけのイベントが発生するわけでも無かった。
各寮に意味深に置いてある、謎の指輪でさえも、最後の最後まで役に立つことが無かった、ただのオブジェクトだったほどである。
考察ポイントのように見せかけた、ただの置き物だったという訳だ。
因みに今回、俺や立華くん、葛籠織が振り分けられた寮は、赤の不死鳥寮である。大体の生徒は、赤鳥寮なんて略し方をするところだ。
なので当然、月ヶ瀬先輩や、レア先輩も同じ寮である──というか、そうでもなければ各寮対抗戦に出よう! だなんて言えないからな……。
各寮対抗戦というくらいなので、当然ながら、寮内で男女学年問わず代表五人を選出し、チームとして争い合うというのが主な内容だ。
年に一度のイベントであるので、全生徒、全教師が注目する一大行事である──のだが、意外とその詳細自体はあっさりとしたものだったりする。
というのも、これ、ただの集団による決闘でしかないのである。
例えば迷路だとか、例えば何かしらのスコアを稼ぐだとか、そういった、豊富な内容が用意されている訳ではない。ガチ武力を試される場であるのだ。
まあ、かつてあった黒帝の事件や、魔獣が蔓延っていることからも分かるように、かなり危ない世界であるのだから、それも仕方なしと言ったところであるのだが。
取り敢えず戦闘力があれば、死ぬ可能性は薄れる訳だしな。
とはいうものの、それだけでは面白みが欠けてしまう──と誰かが思ったらしく、毎年チームを率いるリーダーはランダムで決められており、そのリーダーが直々にメンバーを集めるクソシステムとなっていた。
で、俺達が一年目の時に選ばれるリーダーが、必ず月ヶ瀬先輩であるのだった────察しの良い方は分かるだろうが、各寮対抗戦とは即ち、月ヶ瀬ひかりイベントである。
月ヶ瀬先輩をリーダーとして、メンバーに自分を選択しておくと、安全にレベリング出来る上に親密度もゴリゴリと上げられる、実質専用イベントという訳だ。
もちろん、他の生徒も自分の手で選ぶことになるのだが、ヒロインオンリーとかにすると協調性が0になり、それ以外だと『六年生男子A』みたいなのしか選べないので、まあまあ頭を悩ませられるところである。
しかもこれ、決闘だから当然、高学年を選ぶと勝率が上がるし、士気も応援団のやる気も上がるのだが、あまり高レベルキャラで固め過ぎた場合、主人公が弱いと、自己肯定感が落ちて自信喪失モードに入る可能性がある。
こうなると、一週間くらい行動が出来なくなるので、出るのなら要注意ポイントであった。
まあ、だからといって、低学年でチームを組むと、それはそれで自寮の生徒から滅茶苦茶反感買うし、士気も応援団のやる気も落ちるのだが……。
逆を言えば、これで優勝したりすると「俺達、もしかして世界でも救った?」みたいな褒め称えられ方をする上に、色々と特典があるのだが、難易度が高いとか言う次元の話では無かった。ほぼ百パー無理である。
とにもかくにも、何というか、かなり面倒なイベントであった──もちろん、レア先輩を選ぶことは不可能だ。
というか、入れようとすると他の生徒に拒絶される上に、レア先輩にも遠慮されるのである。
残酷すぎるシステムだ……と唸ったものだが、ここはもうゲームじゃない。
月ヶ瀬先輩に「責任は全部俺が負うので……」というごり押しをして、メンバーも四人(月ヶ瀬先輩、レア先輩、葛籠織、俺)決定させてもらった。
そして、最後の一人も当然、もう決まっている──死ぬほど嫌がられるかもしれないが、もう絶対にこの人! というのを、俺は決めていた。
深呼吸を一つ。
お昼のチャイムを聞きながら、俺はその人のもとへと踏み出した。