実に優れた解決法。あるいは天才の重い想い
だから、相手が黒帝であると分かったのだと、レア先輩は真っ直ぐ俺を見ながらそう言った。
いや、というか、え?
総括すると、全部俺のせいじゃん。
……俺のせいじゃん?
本当に俺のせいなんじゃん!!?
な~にが慎重にいこうだよ、もう手遅れなんじゃねぇか……!
もう引き籠った方が上手く事が運ぶんじゃねぇかな……と言う思考を振り払いながら、情報を整理する。
やってしまったことを後悔するのは後で良い──つまり、今考えるべきなのは、まず協力すべきか否か。
これはどう考えても協力すべきだろう。だってこの二人、俺がいなくても勝手に動き回るだろうし……。
何せ、レア先輩は同調現象を起こしているのだ。少なくとも、かつてないほどに弱っていることくらいは察しただろう。
まあ、だからと言って、何ができるわけもなく、死ぬのがオチなのだろうが……。
というのも、魂からこっちに干渉することは出来ても、こっちから魂に干渉することはできないのである──これは俺達にその技術が無いという意味ではなく、そも『蒼天に咲く徒花』にはそういった技術が存在しない、という意味合いだ。
ゲームでも、最終的には逃げ出す暇も与えず、肉体ごと消し飛ばして終了だったくらいである。
それほどまでに、打つ手がない。
だから、「どうしようかな」というか「どうしようもなくない?」というのが、素直な感想である。
強いて言うのなら、やはり一から十まで校長先生に話すのが、一番正解な気はするのだが、同調現象の下りを信用してもらえるとは思えない。
証拠も何も無いから、本当に「この人が言うのなら……」くらいの信頼が必要になってしまう。
レア先輩には無理だ。
何ならレア先輩の学内信頼度、ゲームだと0固定なまであるからね。入学したての主人公でも10あるのに……。
次の授業は移動教室だよって言っても信じてもらえないレベルである。
そりゃ心も弱るよ。
あと、校長先生って基本的に学園にいないんだよな……。
確定でいるのは年末年始とか、各寮対抗戦(各寮の代表チームが決闘して優勝寮を決める催し。死ぬリスクが無いのにレベリング出来る年一のイベントだ)くらいなものだ。
…………あっ。
あれ? これもしかしたら、どうにかなるんじゃないか?
「……大体わかりました。でも、俺達だけで黒帝を探したり、あわよくば撃退する──ってのは無理だと思います。ていうか、俺が嫌だ……死にたくない……」
「すっごい弱気なセリフ出てきた……」
「いえ、そうなるのも当然ですわ──本当に、無茶なお願いをしている自覚はありますもの。断られるどころか、信用すらされないと思っていたくらいですわ」
ですから、お気になさらず。与太でも聞いたと思って、お忘れくださいまし──と、申し訳なさそうに笑って席を立とうとしたレア先輩の、手首を思わず掴む。
早い早い!
まだ話は終わってない。
別に協力しないとも言ってない。
「抵抗の仕方を変えましょう、と言っているんです。もっと大勢の人に頼りましょう。具体的には、大人とかに」
「っ! ですから、わたくしは、誰にも……!」
「だから、そこをひっくり返そうと言うんです────要するに、各寮対抗戦に出て優勝しましょう、と言えば分かりますか、レア先輩」
Q.人気も信頼も、立場も何もないどころか、マイナスに振り切ってる人間が、それでも多くの人に影響を与えるにはどうするか?
A.みんなが注目するところで超活躍することで人気者になり、立ち位置を確立することで発言力を得る。
まあ、力技過ぎる上に、運ゲー過ぎるし、デカいイベントを一つ滅茶苦茶にする形になってしまうのだが……そんなもん、もう今更だろ。
「と、まあ、そういう感じになっちゃったから、葛籠織には一緒に各寮対抗戦に出て欲しいん痛い痛い痛い、蹴る力を強めるな!」
「むぅぅ~」
滅茶苦茶不満そうな目で睨んでくる葛籠織だった。
まあ、確かに勝手に話を受けて、勝手に話を進めたのは申し訳ない限りであるのだが……。
というか葛籠織目線だと、本当に俺、ただの身勝手野郎なんだよな。
とても協力関係とは思えない自由さである。
そう考えたら、こうして蹴られまくるのも仕方のないことか……と抵抗をやめれば
「ん~~~~……でも、分かった、良いよ~」
と、面白いくらい機嫌を立て直して言う葛籠織だった。
あれ?
おかしいな。もっと言い訳が必要になると思ってたんだけど。
「だってだって~、チーム戦ってことは~、カンカンと一緒に戦えるってことだよね~?」
「まあ、そうなるな。もちろん、俺以外のメンバーともだけど」
「ん、それならおっけ~~~!」
あ、でもそれはそれとして~、ここの支払いはお願いしよっかな~、なんて。
そんなことを言いながら、葛籠織はにっこりと笑った。
……いや、まあ、元よりそのつもりではあったから良いんだけれども……。
何だか、妙に話がスムーズに終わってしまい、これはこれで怖いな、と思うのだった。
困惑した様子で会計に向かう彼の背中を見ながら、してやったりと思いつつも、葛籠織日鞠は思いを馳せる。
幾度も思いを浸らせた、あの日──彼と、自らの幼馴染の決闘があった、その日へと。
正直な話、興味なんて無かった。
ただ、自分は思っていたよりも、あの幼馴染の少年を気に入っているらしい──ということに気が付いたので、気まぐれ程度に見に行った。
そして──
『──こんなものじゃあ、ないはずだろう』
──そして、英雄を見た。
英雄の輝きに、自らの瞳は焼き焦がされた。
葛籠織日鞠は、史上稀に見る天才である──故にこそ、彼女にはその自覚があった。
あらゆる人間は、自らの後ろを歩いてくる程度の人間であるのだと、何よりもその才能によって教えられていた。
あの幼馴染くらいなら、あるいは自分の隣に来れるかな、なんて。
そんなことを思っていた矢先に彼女は、その先を見た。
吹き荒れる魔力。
手繰られる魔法。
平然とした眼で相手を見据える、一人の少年。
────この人だ、と。
この人こそが、私の運命であると。全身が、才能が叫んでいた。
この時代における英雄は彼であり、その隣に並ぶのは────並ぶべきなのは、自分であると。
「あは~……」
けれども、まだその時ではない。
そうするには、自分はまだ弱すぎる──だけど。
だからと言って、それ以外の人間が、彼の横に立つのは許せない。我慢ならない。
「何だっていいけど~~」
事情なんてものは、もうどうでも良い。
疑わしい話だと、本当に彼女らのことを信じるのかと、そういった疑問はもう、投げかける気はない。
ただ、彼の隣に立てるチャンスがあるのなら、それだけは譲れない。
「甘楽は、日鞠のなんだよ~?」
ヒロイン№02、葛籠織日鞠。
彼女はその端正な容姿を美しく、されども妖しく歪めて、そう呟いた。