第五話。後編 last-12
「そんな話をなぜ俺にしたのか、よくわからなかった。なぜ、Aは親父について俺に言い残したのか。一瞬、あの鉄板焼き屋の偏屈そうな大将の顔が浮かんだが、恩ある人に地獄で待っているとは言い残さんだろうしな。差し入れにたこ焼きと焼きそばを望むくらいだから」
なぜAはハッキリと、私の名前を出さなかったのか。幾つかの推論は立つ。が、それを私が披露してやる道理はない。
「最初一瞬、ナギさん。草薙啓一元死刑囚の顔が浮かんだ。が、ありえないよな。俺によろしくと伝言を頼んだんだから。なら、親父とは誰だ?それは当然、俺が知っていて尚且つAも顔見知りでなければならない。つまりお前だ」
「……そうだとして、私をDNA鑑定にでもかけるのか?既に控訴時効が成立している暴行罪で?」
「無理だな。たとえこっそりお前の髪の毛なり爪・唾液なりを入手して鑑定したとしても、お前を逮捕することはできない。むしろ推定無罪の人間から、同意なくそんな事をすれば、裁かれるのはこっちの方だしな」
そう。和泉にしてみれば、私の過ち、たった一回だけの暴行事件を暴くだけでは意味がない。
「そこで、だ。俺は一つ賭けに出る事にした」
「おっ、でたなお前のいつもの癖だ。論理をすっ飛ばして危険な賭けに打って出る。質が悪いことに……」
こいつの質が悪いことに、そうして打った賭け事に負けたことがないんだ。必ず勝つ、そのために1つだけ運試しをする。
「父親と聞いてふと思い出したことがあるんだ。お前の父親について、確か売れない画家だったよな?」
「売れない、と言うのは人聞きが悪いなぁ、まあ無名ではあったな。昔、母の手元に残っていた絵を何点か見せてもらったよ」
お世辞にも素晴らしいものと思えなかった。その絵も今では母と共に灰となり、同じ場所に眠っている。
「そして一度だけ、その父を守れなかった警官について、お前の口から恨み言
を聞いたのを思い出してな」
「……お前にそんなことを愚痴ったことがあったのか、よく覚えてはいないが、確かに恨んでないと言えば嘘になるな」
嘘だよ。恨んでも恨み切れない、もし父が生きていれば母さんは……
「嘘だよなぁ、岩永。お前の恨みは、そんな軽いもんじゃないだろ?俺が覚えている位だからな」
鋭く、何かが私に突き刺さった気がした。見透かされるのは何時ものことだが、今回初めて、彼に裏をかかれた気がする。




