幕間の四 D-10
「…………っ!あいつだっ」
俺は思わず叫んでいた。岩永浩一、それがあいつのフルネーム。そして、何より思い出したこと。あいつがとある小説を書いていたこと。そのペンネームが【草薙啓一】であったこと。小説の内容はSFチックに仕上げられていたけれど、個々のエピソードについては紛れもなく【7人のテロリスト】事件、それの模倣と初めて見るものならそう指摘するだろう、内容の類似。
だが実際には、その小説の執筆の方が事件より遥か昔、俺の学生時代になされている。
一気に、目の見えないジグソーパズル組み上がり始めたような感覚を覚えた。俺は慌てて、薬師寺に電話をかけた。
早急に、それも極秘に岩永浩一の身柄を確保しろと。
「はあ?いきなり何ですか?誰なんですそれ。容疑者、容疑者なんですか?そいつが!」
決定的な証拠はなかった。明らかに時期が合わない。ましてやあいつは作家デビューしていないから、当然、小説も世間一般に流通していない。極め付けは、俺にはあいつが今、どこで何をしているのかさえ今は分かっていない。
「はあっ!?そんなの無理に決まってるじゃないですかっ!寝ぼけてんですか、インターポールの色男はっ!」
……そう怒鳴られても、仕方がない。とりあえず俺の大学の同期であることを告げ、今どこで何をしているのかを早急につかんでくれと、薬師寺に依頼した。
そして、俺はそのまま徹夜で事件に関するレポートを書き上げ、提出し日本へ。再捜査の為、そしてそのまま日本警察に復帰する為の手続きをとった。
それから俺はほどなく、岩永と再会した。その時の印象には正直、落胆した。あのICPOでナギさんと重なった岩永の顔とは大きく異なって見えた。
「おお、久しぶりだな和泉、元気にしてたか?」
それが、岩永の第一声。とある小さな出版社の編集部。その部屋の隅っこの方、山と積まれた茶封筒に入った原稿の山に囲まれて、旅行ガイドの記事を書いていた髭面の男がそこにいた。
ああ、面影はある。声にも聞き覚えがある。間違いなくこいつは俺の学友、岩永浩一だった。
「久しぶり、元気そうで何よりだ」
仕事の邪魔をしてすまんなと言いながら彼に近づき、俺は耳元で囁いた。すまんな、岩永。お前をとある事件の重要参考人として、任意同行求めなきゃならない。素直についてきてくれるよな?
「日本に帰ってきたのは久しぶりなんだ。ちょっと顔が見たくなってな。これから飯食いに行くから付き合え、岩永」
編集部の他の人間に聞こえるようにはそう言って、岩永に席を立つよう促す。
「あ〜まあ、私はフリーランスだから一向に構わんが、どこに行く?お前の好きなカツ丼屋か?」




