第一話。1-7
「……その通り。ネット上ではそのレポートのオリジナル文を手に入れることはできなかった、残念な限りだよ。一応、オリジナルに最も近いとされる【写本】のコピーは手に入れられたんだが……」
私はいつも使っている、くたびれた革製のビジネス鞄から、そのコピーの入ったA4サイズの大判茶封筒を取り出した。恐らくは、信奉者なら喉から手が出るほど欲しい、【経典】であろう。
私が目を通した限りにおいては、取るに足らぬ妄想じみた【計画】の羅列と、自身の主観に基づく、つまらない人間観察の記録に過ぎない。
しかし、信奉者達にとってそれは、絶対に遂行しなければならない【命題】として、魂に刻み込まれてしまった。
単純に【カリスマ】と呼び難い、だが【独裁者】【教祖】としての表立っての活動は、一切ないと言う稀有な存在。それが、草薙啓一と言う元死刑囚である。
が、そのようなものが実際に行ったとされる事件が一見、ただの快楽殺人でしかない。
草薙啓一、逮捕の決め手になったのは現場に残されていた【体液】そのDNA鑑定の結果によって、と言うなんともお些末な幕切れであったのだが……
「……みせろ」
そう言うAの表情が険しくなった。私は長身の看守を振り返り、無言のうちに見せて良いかの確認をする。
横に振られる首。当然であろう。私が彼の【脱獄の共犯】と疑っているわけでもなかろうが、自分達の検閲を通していないものを直接犯罪者に渡すなど、あり得よう筈がない。
そのやり取りを見ていたAは、無言のまま顔を看守に向け、今にも飛びかからんばかりの猛獣の如く、殺意の篭った視線で獲物を射抜いた。
数秒、看守とAとの間で睨み合いが続く。年長故の経験と責任感か、看守も引くことはない。
場の緊張が高まり過ぎた。これは不味いな。
「今、この場では渡せない、と言うことだ。後で看守さんと相談して、差し入れとして届けさせようと思っている」
彼がこの【殺人レポート】に並々ならぬ執着を示してしている以上、渡さない、見せないと言う選択肢は、私にはない。今後の【取材】の成否にも関わることだからだ。
私の妥協案に、看守は少し目を瞑り、首を縦に軽く一回振った。