第四話。殺人鬼【クサナギケイイチ】の独白〜ヒトリガタリ〜 4-1
ああ、わかっていたさ。ボクは母さんの足元にも及ばない凡才だって事はさ。でもこうも思う、何でボクを後継者に選んでくれたのかってこと。
実子だから?最愛の男の種で孕んだ子供だから?
いいや、母さんがそんな事にこだわるはずなんて無いんだ。一番身近で、母さんを見てきたボクにはわかる。
基本逆らってはいけない。NOと言ってはいけない、けれどハイハイと唯々諾々に言われるがまま、従ってもいけない。
母さんはボクに言った。
「私が怖い?」
そのときボクはまだ幼かった。幼さ故にその心の底から来る、小さな身体の芯まで震えさせる、この得体の知れない【何か】の正体を見抜けなかった。
ただガタガタと震え、全身から冷たい汗が噴き出しているのを感じた。やがて、我慢しがたい衝動によってボクは失禁した。股から足の下へと伝わる液体の、温かい感触が少しだけ、心地よかった。
やがてボクの足元に出来上がる水溜りが、隣に横たわる身体から流れ出ている、赤黒い液体と混ざる。
こんなにも、人の体内は水で満たされてる。流れ出ているものが血である、それくらいはボクも知っていた。
でもそれが、これほど暖かく鮮やかでいて、何とも言えない臭いを放つものだと、ボクは初めて知った。鉄の匂い? ううん違う、もっと生臭い、ねっとりとした感じだった。
「いい?これが人の死。命の終焉が齎らす死の匂い。その一つよ」
母さんは淡々と語ってくれた。だけどボクにはこの時、母さんの声が頭に入ってなかった。聞こえてはいる、だけど理解が及ばない。俯いたままボクは只々、何で、何でなの母さんと譫言のように呟いていたんだ。
「それはね。【知ること】それが全てだからよ……」
名前を呼ばれた気がして、ボクは母さんを見上げた。笑っていた。頬についた一筋の赤い色がとても綺麗に見えた。
……それから。母さんからは色々教わった。
普段、ボクらは別々の家で暮らしていたけれど、それは母さんが考えた【知る事】の大切さを学ぶため、その機会を与えるのだと。
子供心に、母さんの話しは難しく、とても実践的だった。
言ってしまえばそれは、生と死の探究。最初は、お魚の捌き方。いわゆる三枚おろしから始まり、お刺身・焼き魚、タレに漬け込んでの揚げ物、生で新鮮な鯖をお酢で締めて酢飯を巻いた鯖寿司。




