第一話。1-6
自分では気づいていない様に見えた。そう言う些細な違いは公判中、彼の尋問を担当した、私の友人でもある刑事が語っていた。
彼の供述はときおり、自身を指す一人称が変化し、統合されておらず、その際に若干の口調の変化、声の抑揚に違いが見られた。
それらは少なからず、精神・人格の多重化、或いは一般的な社会通念と乖離している兆候であると思われ、根本的な責任能力、或いは善悪の判断に著しい欠陥があると。
刑事の主観以上でも以下でもない。弁護側からの要請もあり、彼の精神鑑定が行われたが、詳しい内容を私は知らない。
が、結論は彼に死刑判決が下ったことだけでも推測できるだろう。
「確かに、俺の【作品】は所詮ポルノだ。あの方の言葉に比べれば。はっきり言って足元にも及ばない。が、【彼】を模倣し得る、彼の後継者に相応しいのは、俺だ。俺だけなんだ、そう思うだろう?記者さん」
「……失礼。彼、と言うと君が公判中、仕切りに語っていた、【草薙啓一】なる人物と、彼が書いたとされる【殺人レポート】の事かな?」
今日の取材目的はこれにある。彼の口から【彼】についての情報を引き出す事。今、その入り口に立った。
草薙啓一。その名は今、警察関係者の間では【日本犯罪史上最長の活動期間を持つ、最悪の連続殺人犯】として記憶される。一般人まで、その認識が浸透するには、しばらく時間が必要だろう。
彼本人は既に逮捕され、一切の発言と自己弁護。そして控訴を望まなかった事で死刑が確定。今から一年前に執行されている。
がしかし、彼の指導、或いは教導する【連続殺人】は未だ、終わっていないのだ。Aもまた、ここ数年で活動を始めた信奉者、模倣犯である。彼自身は【後継者】に擬しているようだが。
「その口振りだと、君は読んでるんだな。【彼】のレポートを」
「おっと、記者さん。ってことはあんたさぁ〜読んでないんだな?いや、内容は知ってそうだな……さしづめ、今ネットに上がってる考察動画とか、劣化コピーの偽物とかしか見てないな?」
Aの顔に再び、笑顔が張り付く。明らかな優越感。自分しか持っていない有名作家のサイン入り初版本を自慢するように。その愉悦、優越感も【彼】への信仰心、依存心といっても良いだろう。
Aとその他、模倣者達に共通する傾倒、傾向である。