幕間の三 C-3
が、それが間違いだったことには、子供心ながら直ぐに気がついた。
例えば、リンゴとバナナ。小さな果物カゴに入れられた『ソレ』を、何度も何度も角度を変え、置く場所を変えて描き続けた。
窓から差し込む光の陰影。それは時間によっても変化するし、それによって被写体の表情も変わっていく。明るい場所は鮮やかに、暗いところでは影を纏って、より深みのある色合いに。
そうやって幾日、幾枚も描き続けているうちにとある変化に気がついた。
何の変鉄もないリンゴとバナナが、変わっていく。特に変化が顕著だったのは、バナナ。
最初はまだ青みがかった、食べ頃には少し早いバナナが一週間後、黄色く熟れて、いかにも美味しく見えた。
更に数日、バナナはその全身が黒い斑点で覆われ、最初の青みがかった頃より、少し縮んで見えた。
この時、リンゴにはまだ特別大きな変化はなかったので、その対比が面白いと思った。
そして更に時間が進むと、バナナは完全に黒一色に染まり、過去の絵と見比べるまでもなく、縮んでいた。
その時初めて、僕はバナナにそっと触れてみた。
黒い表面は乾いていた。指で押すと、柔らかい。爪を立て、少し力を込めて押してみると、黒い皮が破け、柔らかい中身が少し出てきた。
そして、気がつく。
『ああ、縮んで見えたのはバナナの皮が乾燥して薄くなったからか』と。
次に、リンゴを手に取ってみた。見るだけでは気づかない、何かしらの変化があるかもしれない、と。
変化は、あった。いや、変化そのものには気がついていた。具体的には色。少し黒ずんでいるように見えてはいた。
そして手にとって初めて分かる、リンゴの下。カゴとリンゴとの接地面が少し、柔らかくなっていた。
色も最初の頃の、鮮やかな朱色から赤みはそのまま深まり、さらに部屋の明かりのせいか、寧ろ黒へ近づいているようにその時は思えた。
多分、僕は笑っていたと思う。子供心に、大発見をしたと思えたのだ。そう、『すべての色を混ぜ合わせれば、黒になる』と言う、色彩の原則。
しかも、その黒は決して単純な【一色】とはなり得ない、全てを一身に取り込んだ混沌。光と闇が同居し混ざり合う、今思えばそれは、
【善悪の彼岸】
とでも言おうか。そこに命の根源があると、言わんばかりに。その時からは、絵を描くというより、
『リンゴとバナナが、世界中の色を吸収して黒くなっていく様子』
を、毎日観察するようにスケッチし続けた。
更に時が流れ、バナナは既に原形をとどめることなく、最早バナナとは呼べない、別の『何か』になり、リンゴは萎れ、形は崩れていた。




