第三話。3-3
さっさと車回してこい、その言葉によって飛ぶが如く走り出した薬師寺の背中を見送りながら、和泉に私は聞いた。
「ひょっとして、知っていたのか?この店がAに関係あることを……」
「……いいや。だが何らかの関係はあるかもな、と疑ってはいた。案外、無駄口は叩かない奴だよ、殺人鬼Aこと坂下シンジって男は」
嘘がつけない奴、と言うのはああ奴のことを指すのかね。言葉にしなくても、何か隠していると見抜かれてしまう、みたいな。そう言いながら和泉は懐からタバコを取り出す。私は吸わない、外国の銘柄だ。
「……いるか?一応、車内禁煙だからな」
「今日のところは遠慮しておくよ。まあ例え車内喫煙OKだとしても、お前の車の中では吸えんよ。アルファロメオだっけ?よくは知らんが高いんだろ?限定だ何だって、そんな車の中で落ち着いて吸えるもんか」
こいつの車好きには少々困ったものがあるが、この程度は普通だろうとは本人の弁。もともと多趣味なところもあり、結婚相手はなかなかに苦労するだろうと思われるくらい、稼いだ金は殆ど数ある趣味に向かってばら撒かれている、と思われる。
詳しい話は聞いていないが、警察庁の高級官僚とは言え、俸給は知れたもの。それでもこの男の生活が破綻しないのは、親から受け継いだ莫大な財産があり、それを運用して稼いでいるからだ。
「んああ?アルファのジュリエッタ、我が愛しのエッタちゃんな。が、今日は残念ながら違う。普通にベンツだ」
今車検に出しててな、と。感覚的に代車が普通にベンツと言えるだけ、頭がおかしい。まあ私も、車なんて動けばいいと安い中古車を使い潰すくらいの感覚で乗っていて、和泉曰く燃費も環境にも、そして懐にも優しくない安物買いの銭失いの典型、別の意味でタチが悪いとのことだが、さて。
「……ん〜とりあえず、俺になんかあった時はアイツ、薬師寺が引き継ぐことになる。まあ一応、顔見せってことでな。今日ここに連れてきたんだが……」
何やら不穏なことを和泉は、歯切れ悪そうにしながら言う。
「お前の立場、そんなに不味いのか?」
恐らく、そう言った警察内部の話しではないのだろうとは察してはいたが、私は会話の流れでそう口にしていた。




