第一話。1-4
Aの挑発に軽々に乗るような時間はない。が、今回が第一回目の面談。ここは彼から情報を引き出すよりはまず、信頼関係の構築をこそ、目指すべきであろう。私は、彼の挑発に乗ることにした。
「ああ、そうだな。まさに日本の司法制度の欠陥だ。お前のような最低の殺人鬼に対して、恨みを持つご遺族が直接罰を下せるような仇討ち制度が無いのだから……」
「……っ!おい!あんた!」
割って入ってきたのは、若い看守だった。挑発するなと言うことだろう。私は無言のまま、右手を軽く上げて彼を制し、言葉を続ける。
「が、私はそれでいいと思っている。被害者を更なる加害者にする。そんな事が法によって認められたとしたら、暴力の連鎖、憎しみの継承は終わらない」
殺人犯が、被害者遺族にとっては100回殺しても飽き足らない、憎悪の対象でしかあり得ないのは当然としても、殺人犯の家族、父母・妻や息子・娘、広くは会社の同僚など、親しい知人に対しては、必ずしもそうではない。
そんな彼らが、殺人犯の扱いに対して、不満を持てばどうなるだろう。不当に感じてしまったらどうだろう。
仇討ちなどが、被害家族にしか許されないものならば、そこに不公平感を感じる加害者家族が、不当な行動に出るかもしれない。
仇討ちに於ける加害者への仕打ちが、酷く歪で余りにも非人道的であったのならば、義憤に駆られた親友や知人が、非難の声を上げるかも知れない。そして、その声が司法に届かず、何らの改善もなされなかったとしたら……
「……だからこそ、無慈悲に無感動に、何の罪悪感も抱かず執行される、贖罪の方法論が必要だと、私は思う。君もそうは思わないか?」
私の言葉をしばらく無言で聞き入っていたAは、表情を消し笑みも浮かべず、粗末なパイプ椅子に深く座り直した。
「確かに。あんた、ちょっと気に入ったよ。で、別に僕と茶飲み話をしにきたんじゃないんだろう?僕の武勇伝を聞きたい、って風でもないし」
「そうだな。君の手記、読んだよ。模倣犯の回想、だっけか。だから君が語りたい武勇伝の多くはまあ、知っているとも言える」
はっきり言って、読む価値は無かった。出版される前に、知人に頼んで読ませてもらったものだが……。
「一言で言えば、ただのポルノ小説だったな。そっち方面に進めば、さぞかし売れっ子作家にもなれただろうに」