第一話。1-3
殺人鬼は大きくため息を吐いて、大きく手を開き、粗末なパイプ椅子に座ったまま、伸びをするように背を背中をそらした。
「……僕を殺す奴は、殺人罪に問われるのか?」
私は思わず声に出して笑ってしまった。全くだ、鉄格子の向こう側にいる彼の口から初めて、至極真っ当な言葉が聞けた。
「……んははっ、確かに。君はまごうことなき死刑囚だった。そうだよなぁ。死刑執行人が一々殺人罪に問われてたら、死刑を認める司法制度が成り立たない」
虚をつかれる、とはこの事だろう。一瞬だがこの死刑囚に対して、私はある種、親友にも似た、気の置けない相手とのやり取りのような安堵感を覚えていた。
が、それは次の瞬間、私を見る彼の表情と言葉によって、一瞬で霧散してしまった。
「……でもなぁ記者さん、だっけか。おかしいよなぁ、執行人はさ、僕を無感動に罪も罰もなく殺せるのに、僕に恨みを抱いてる連中には、絶対殺せないんだぜ?」
わざと、私の職業を確認するような物言いとともに、彼は上体を起こし、更に前屈みになり、鉄格子越しの私に顔を寄せるような体勢を取った。
大きく目を見開き口は半開き。笑っているとも、怒りとも違う何かの感情をのせて、私を見据えていた。
「っ!おい貴様!それ以上近づくなっ!」
私達の会話を見守って……いや、この場合監視していたと言うべきだろう。その看守の一人が腰の警棒に手を回し、彼を怒鳴りつけた。
看守は三人居た。私の左右にある、小さな磨りガラス窓がついた入り口前に一人づづ。窓には金属製の格子が嵌められている。
そして、私の左。隣で立つ見るからに屈強な男。威風堂々、柔・剣道の有段者にも見えるその男は、殺人鬼A、と仮に呼ぶが彼の行動にも微動だにせず、両手を前で結び、直立不動で前を見据えている。
殺人鬼Aを怒鳴りつけたのは私の右側、入り口前にいる痩せすぎ気味な男。よく観察してみると、やや震えていた。
私よりも、若いかな。入室時、初対面の印象である。
顧みて左側、そこにはおそらくは最年長、三人の中では最上位の看守であろう、長身の男が左手に持つ懐中時計を仕切りに気にしていた。
時計を確認しろと言う、無言の合図であろう。私とAとの面会時間の残りは既に半分を切っている。私に向ける鋭い視線がそう語っていた。