幕間 a-4
人生、死んだら敗けだ。勝つまで戦う、生き続けて書き続けてこそ価値があるはずだ。そう思考しなくて、なんの意味があると言うのだ、この下らない人生に。
後半の言葉を、私は飲み込んだ。目の前にいる若い新米と、若くして妄想に逃避した作家に、少しだけ配慮した私なりの優しさだ。
「まったく、近頃の若い奴はどいつもこいつも……」
「……警部殿、仏さんの交際相手を名乗る女性が来てますが……」
と、定番な愚痴をこぼしてしまった私に、所轄の制服が声をかけてきた。
狭い部屋は捜査員やら鑑識やらがひしめいている、その隙間を縫うようにして、私は玄関口へ視線を動かす。
……成る程、確かに『現場』にはそぐわない人物の姿。私の目にはごく普通の、見るものが違えば美人にも映るだろう女性が、所在なさげに立っている。
彼氏の家に来てみれば、この有り様。明らかな動揺に彩られた表情が、その端正な顔を歪めている。艶めいた、肩まで伸びた黒髪が妙に印象的だった。
「警部、どうしたもんでしょうね……それ」
新米が、私の持つ遺作を指差し、やや微妙に表情を歪ませて言う。
一瞬、意味がわからなかった。何を言ってるんだお前はと、私はまた説教しかけたがまあ、この遺言めいた遺作を彼女に見せるかどうか、と言うことを私に暗に指示を求めているのだろう。
全く、馬鹿馬鹿しい。そんなものはじめから議論の余地など無い。
「とりあえず、捜査の邪魔にならんよう、脇にどかせろ。多分、なんの問題なく自殺って線で落ち着くだろうから、彼女から事情を聴いたあと、遺品等の整理はご遺族にお任せしろ」
その結果、彼女がこの遺作を見ることとなっても、我々が関知するところではない。
「……しかし、ですねえ~」
「しかしもかかしもあるか、馬鹿野郎。今時、こんな妄想小説、吐いて捨てるほどあるだろうが。そんなもん読んで、一生消えない傷ができるほど、最近の女はヤワじゃない」
先程からイライラがつのっていた私はつい、声を荒げてしまった。なんなんだコイツはと。先週まで交通課にいた婦警だそうだが、それがまたどうして、私の下に……
「……警部、それって女性蔑視ですよ…」
なにやら新米がモゴモゴぼやいているが、それにいちいち反応する気にならない。




