幕間 a-3
最愛の【貴女】から、私は永久に
『貴女にとっての最愛の私』
を奪います。
……愚かでしょう? そうすることでしか、何時でも私は貴女のそばに立ち、貴女の心を永遠に私の物にできる、自信がないのですよ。
笑ってやってください。貴女のために書く、私にとって最初の恋愛小説、ラブレターがこんな内容だなんて。多分、悲しむのと同様、或いはそれ以上に私を恨むんでしょうね。憎むんでしょうねえ、貴女は。
そして、多分何時しか忘れてしまう。
人間、負の感情を何時までも持ち続けることは、困難極まる。そんなことをすれば、心が壊れてしまう。忘れることは神様が人にくれた慈悲であり、自らを守る防衛反応。そんなごく当たり前の事で、私は恨んだりしませんよ。
だって貴女は今後、事ある度に、私以外の別の男と付き合い、肌を重ねる度に、私の影をその男達の背後に、見続けることになるのだから。
そう、あの男に抱かれながら、その肌の温もり、肩幅の違い。胸板の厚み、混じり合う2人の汗の匂いにすら、貴女は私を思い出さずにいられない。
『コレハ、アノヒトデハ、ナイ』
と……。
私にとって、これに勝る喜び、悦楽はあり得ない。
私は貴女の心に、永久に消えることの無い傷痕のひとつとなって、貴女と共に、生き続けるのです……。
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それは、絵に書いたような不審死の現場。
「警部……これってやっぱり遺書なんですかね?」
そこは小汚い、いかにも貧乏くさい独身男が住んでいそうなワンルーム。6畳程度はあろうか。粗末な机にノートPCが一台。その前には胡座をかき、居眠りするかのような姿勢で亡くなっている男が一人。
その机から落ちたのか、白い錠剤とプラスチック製の容器が散乱していた。
私は、目の前にいる孤独に逝った、仏様に手をあわせ、彼が死の直前まで書き続けていたであろう、『遺作』に目を落とす。遺言めいた売れない作家の遺作。
出版されればさぞや、ネットの物好きどもが騒いでくれるだろう。そんなことを考えながら、ぼんやり遺作の内容に目を通す。感想、或いはそれに類する、感慨めいたものは何もわかない。
「つまらん。こんな妄想しかできないから、いつまでたっても売れないままなんだ」
「……警部、それはあんまりじゃ」
「あんまりも何も、所詮死人にくちなしだ」




