ED-5
財産の扱いについてだが、岩永自身の名義である所の全ては保全されることとなり、彼女が遺漏なく受け取ることができそうだった。岩永を犯罪者として断罪できない以上それは当然のことであった。
彼の財産としてもう一つ考えられていたのは、彼は母の死に際して受け継いだであろう財産。
それについて岩永はその全て、証券、不動産や細々した宝石、貴金属類・衣装など、その一切に至るまで現金化し、自身が転々と渡り歩いた孤児院に分散して全額、寄付済みであった。
それでも彼個人が残した財産、今後入るであろう彼の出版物に対する売り上げと印税などを加えれば、その額はなかなかのものであり、今後彼女と生まれ来るもう一つの命くらいが食べていくには充分、困らないくらいの額であった。
進学等の費用に関しては、些か心もとないかもしれないが、そこは俺があしながおじさんの役割を買って出ても良い。それぐらいの貢献を彼はしてくれているのだ、表面上は。
彼が実際に手を下した「犯行」については、ほとんど立証する事はできなかった。それは、岩永浩子に関しても同様である。
つまり、真犯人を追い詰め法の裁きを受けさせると言う、犯罪捜査の大前提において俺は、我々警察は彼らに完敗を喫したのだ。
残された膨大な資料から、彼らが関係する被害者の数は数十人では足りない。直接手を下してはいないであろう、テロ事件に関する物を含めれば、1000人を越えてくるかもしれない。が、それももうすぐ終わるだろう。
少なくとも今後、彼らが描いたシナリオの上で、被害者が生まれると言う事はもうないのだ。それだけが唯一の救いであろう。
いつかこの一連の事件が正しく考察され、論理付けられ公表される日に向けて俺も今少し、警察組織にこの身を置こうと考えていた。
「全てが片付いたら、警察やめて悠々自適な独身貴族生活をしようと思っていたのにな。お前のせいで全ての予定が狂ったよ」
少し早いが、自伝の執筆準備を始めたよ。お前ほど達筆ではないがな。俺はそう告げ、彼の前を後にした。
「俺のことをきちんと、かっこよく描けよ?」
墓所を立ち去りかけた俺の背中に向かって、彼がそう声をかけてきた気がした。
もと来た道をゆっくりと歩き、少し高い場所から車のある駐車場を見下ろすと、薬師寺が何やら喪服を着た女性と立ち話をしているように見えた。
それはおそらく、 岩永の妹と名乗った彼女であろう。俺は一瞬、何やら言いようのない寒気を背筋に感じ、車に戻る足を早めた。




