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後編


「ああ、でも私も似たような状況だったわ。話しても良いかしら?」

「もちろんだよ、是非とも聞かせてくれ。何と戦ったんだ。魔王か、人間か、天使か、それとも悪魔か?」

「残念だけど私は戦っていないわ。貴族の令嬢を社交界に出しても恥ずかしくないよう、いち使用人として教育係を務めていただけよ」

「そうか。でもそれはそれで大変だろう?貴族の令嬢なんて大概、おてんばか高慢ちきのどちらかだ。いや、どちらもか?」

「いいえ、幸い私が担当した娘はとっても大人しくてね。やりやすかったわ」

「じゃあ何が大変だったんだ?」

「それがね。貴族のご令嬢らしく幼い頃からすでに婚約者がいたの。また親がとても心配性でね。もしもの時に備えて婚約者候補も十数人揃えていたのよ……」

「よりどりみどりってわけだね。一斉に遊びに来られたら相手するのが大変そうだ」


 男のほんの思いつき程度の相づちに女は答えなかった。彼女もまた、先ほどの男と同じように深く項垂れたまま深いため息をついた。


「な、なんだ?まさか本当に一斉に遊びに来たのか?」

「そうなの。よりにもよって同じ日の同じ時間に押しかけやがったの……」


 男はそれ以上、聞くことが出来なかった。いくら上流階級の子女とはいえ、年端もいかない彼らは好奇心の塊、行動力の獣だ。それぐらいの想像は男にも容易につくことが出来た。


「あの娘のお友達はみんな大人しくしていられない奴ばかりでね。まあ、走り回って調度品を壊すのは当たり前だし、私たち使用人の部屋に忍び込んでイタズラもするし、食事中だって食器が宙を飛ぶのよ。信じられる?」

「ま、まあ、僕らの住む世界とは価値観が違うんだ。仕方ない……と思うよ」

「それがしばらくの間、毎週のように続いたんだけどね。でも、ある時期からピタリと止んだの」

「はは、大人になったんだね。僕にも覚えがあるよ。今にして思えば子供の頃は非常識なことばかりしていたものだよ。大人になってからはそれを反省する日々だ……」

「あの子たちにもそんな日がちゃんと来ることを願うばかりよ……」


 女の呟きに男はグラスを持ち上げた手を止めた。


「ええ?反省したからイタズラが止んだんじゃないの?」

「確かにイタズラは止んだわ。でもね、彼らは『大人になったの』。どういう意味だか分かる?」

「ま、まさか……部屋で×××しだしたとか?」

「それは飛躍させすぎよ!」


 女はためらいなくグラスをカウンターに叩きつけた。だが、グラスは頑丈で砕けることもなく、ただ中の氷が男に降りかかっただけであった。


「そ、それは良かった。てっきり盛りのついた野良猫みたいに部屋の中で夢中になっていたのかと……」

「でも、やっぱり異性として意識するようになったんでしょうね。熱っぽい視線を送って、それとなく気を引いて、こっそり誘い出して……今にして思えばとても情熱的だった」

「ええ?じゃ、じゃあまさか本当に……」

「なんでその方面に持って行きたがるのよ」

「だ、だって情熱的とか言うから……」

「……まあ、その気持ちが無かったわけじゃないんだろうけど」

「そ、それは一大事じゃないか。婚約者が先走ったことをしてお嬢様の身に何かあったら君にも責任が及ぶだろう?」

「いいえ、お嬢様の方は無事だったわ。婚約者たちとは良い友人だった」

「ええ?じゃあ、彼らの熱っぽい視線の行く先は……ま、まさか……」

「気づいた?彼らが求婚してきたのは私だったの。さっき言った彼が行った情熱的な行動は全部、私に対してのものだったのよ」


 男は聞いたことも無い声を上げてひっくり返ってしまった。グラスが床を転がり、中身が盛大にぶちまけられてしまう。


「……随分とませたガキ共だね」


 男は寝転んだまま言った。


「まあ、私の方も穏やかに済ませることは出来なかったわ。当然、屋敷は大騒ぎになったし、きっと旦那様もお嬢様も私の事なんか思い出したくもないでしょう。でも、お嬢様はおかげで誘惑には乗らない身持ちの堅さを手に入れたわ。そして私は無事に帰ってくることが出来た」

「お互い、大変だったわけだ……どうにも異世界の人たちは惚れっぽい性格ばかりみたいだね」

「そうね。ちょっと笑いかけたりするだけでもう『好きだ!』っていうくらいですもの。……誰かさんと同じね?」

「ははは……誰だろうねえソイツは?」


 男が乾いた笑みを浮かべながら身体を起こすと同時に、携帯が細かく震えた。女の携帯も同様だ。


「あ、電話だ……」

「私も……」


 二人は同時に通話ボタンを押して携帯を耳に押し当てる。



「「はい、もしもし―――」」



―――――――――――――




「……話す相手間違えていません?」


 電話の相手は彼の会社の悪魔みたいな上司からであった。仕事が完了したことはこの店に来る前にキチンと知らせていたし、上司は悪魔みたいな奴だが、仕事に関しては割と誠実なのでちゃんと報告も受け取ってくれた。つまり、この電話は次の仕事の話なのだが、男はその内容がどうにも受け容れがたいものであるため、悪魔みたいな上司相手にも果敢に異議を申し立てた。


「……ええ、はい……間違いではない?……この間の仕事が……まあ、はい……いや、しかしですね……はい……分かりました。ええ、では……お疲れ様です」


 電話は切られた。女の方も同時に終わったらしく、ヒドく落ち込んだ表情になっている。多分、自分も同じ顔をしているはずだ。


「明日からまた仕事だってさ。勘弁して欲しいよ。今日、帰ってきたばかりなのにさ」

「私もよ。次に会えるのは2年後かしら?それとも3年後?」

「分からない。……それに今度はちょっとハードかもしれないんだ」


 すでに時間は深夜と呼んで差し支えないものになっている。仕事は朝一からだ。今日はもう寝ないと異世界に行ったときには行き倒れてしまうかもしれない。名残惜しいが、今日はこんな所だろう。女はグラスに残っていた中身を今度は一息に飲み干した。もうムードもなにもあったものではない。


「じゃあ、今日はもう帰りましょう。すいません、お会計を……」


 言いかけたところで男がそれを制した。


「帰る前に2分だけ時間をくれないか?すぐに終わるからさ……」


 男はそう言って懐から小さな箱を取り出した。それを開いて女の方へと向ける。


「本当はこの後に休暇をもらって一緒に旅行にでも行きたかったんだが、仕事だからね。今のうちに渡しておかないと、どこの馬の骨かも分からない異世界の軽薄な男に君を奪われてしまうかも知れないから……」


 中から出てきたのは宝石がはめ込まれた指輪だ。宝石は照明の光を受けて静かに輝いている。


「実を言うと、この間の仕事に行ったときにくすねてきたんだ。キレイだったし、君に似合うかと思って……あ、もちろん値打ちもあるよ?だから気に入らなかったら、どこかに売ってくれても良いよ……なんて」



「え?ええええええええええええええ!?」



 女の一言は穏やかな雰囲気が漂う店内に響き渡った。もちろん、周りの客のムードはぶち壊しである。



―――――――――――



 夜も更けた街は終電も過ぎ去ってしまい、シンと静まりかえっている。

 不気味さを感じるくらいの静寂だが、腕を組んで寄り添う二人にはその静寂を恐れている様子が全く見えない。


「次の仕事もどこかの貴族の家庭教師だってさ。次は婚約者のいない家が良いわ」

「……うん、そうだね」


 満面の笑みを浮かべる女に対して、男の表情は未だに今ひとつ冴えないものだ。一世一代の告白が成功したというのに、その顔には喜びの色が見えない。


「それにせっかくもらった指輪も外していかなくちゃいけないし……あ、でもちゃんと懐に忍ばせておくからね?」

「……うん、なくさないようにね?」

「何なの?さっきから浮かない顔して。大丈夫よ、どんな手段を使ってでもちゃんと帰ってくるから」

「いいや、君の方は心配していないよ。君なら出来ると信じているからね。問題は僕の方なんだ……正直、帰ってこられるか自信がない」

「……何よ、まさか本当に勇者に選ばれたの?それとも魔王にでもなれ、っていわれたの?」


 訝しむ女に男はゆっくりと首を振る。


「いいや、今度の仕事は幼少期の勇者の人格形成に大きく関わるお友達の役割らしいんだ」

「ははあ、それは難しいかもしれないわね。勇者が魔王を倒すことを志す切っ掛けを作るなんて並大抵の負担じゃないわね。でも、帰ってくる自信がない、っていうのはどういうことなの?」



「実はね……その役割がね、お、お、女の子なんだ。今度は僕に女になれ、ってことらしい……」



「え?ええ?ええええええええええ!?」



 女の叫びが静まりかえった街中に響き渡った。



――――――――――――――



 数年後、二人の人物が街中を悠然と歩いていた。腕を組む二人の姿はとても仲睦まじい様子であったらしく、道行く人々の目を惹きつけていたらしい。


 二人の姿を目にした人々は口々にこう言った。



「―――とても仲の良い姉妹なんでしょうね?」


 読んでいただきありがとうございます。思いつきで書き殴ったような形なので、少々のアラはご容赦下さい。今後のためにもご意見、感想等もお待ちしております。

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