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第90話 賞賛の言葉を送らない大佐

「つまり、これから死戦が繰り広げられることが分かった上で——僕たちを送り出したというわけですか?」


「お、おい! シル・・!」


 ガタガタと机を鳴らしながら、立ち上がるシル。マシュは、それを口だけで制しようと試みるが、止まることはなかった。シルと大佐との視線が空中で真正面から衝突し合う。どちらも譲る事はない意思を見せつけるかのように、それを逸らす事はない。


「そうだ。だが、聞くが、戦場ないしは前線で、誰かがこいつは敵だと、侵入者がいると教えてくれるのか。うむ、その軍の中に優秀な者がいれば、もしくは教えてくれるかもしれないな。今回で言えば、お前のような」


「今、そんな話をしているのでは——」


「では、一人でそういった場面に遭遇したらどうするのだ? 答えろ、あまり時間をかける必要もないだろう? 一瞬で出る答えだ」


 シルの声は、大佐の冷静かつ残酷性を秘めらせた低い声によってかき消された。大きい声によってかき消されることは、しばしば目にかかる事はある。しかし、こんな事は初めてだった。


『声が持つオーラによって、俺の声が、喉が音を発するのをやめたような感覚・・・!」


 心の中で、そう唱えてみるが、大佐から向けられる威圧感溢れる視線は、逸らすことを知らない。早く言えと言わんばかりに、口元も微かに歪んでいる。


「そ、そんな場面に中々遭遇する機会はないとは思いますが、仮定としてそうなったとします。そうすれば、侵入者の存在に気づかない場合、即刻死に直結すると考えられます」


「そういうことだ。だから、彼らは死んだ。私は、あの場に置いて一番最初に侵入者の存在に見抜くことができるのは、実行委員である彼らだと予想していた。しかし、結果は残酷。見抜いたのは、シル・バーン。お前一人だけだった」


 大きく頷いてから、大佐は言葉を続ける。この後、どのような言葉が紡がれるのか、二人には全く想像がつかなかった。


「それが・・・何か・・・?」


「非常に残念だと言いたいんだよ。君みたいな未熟者が半端に頭の切れるせいで、周りを巻き込んだ。その結果がこの有りざま。君自身も、自分自身に対して怒りを覚えているのではないのかな?」


「お言葉を返すようですが」


 思いがけず言葉を発したのは、前傾姿勢にうつり変わろうとしていたシルではなかった。姿勢正しく椅子に腰掛けて、耳に沿わせながら手を直進にあげるマシュ。彼が、この場において久方ぶりに声を発した。


「あの場において、誰よりも早くその存在を気づいたシルは、褒められはしてこそ、咎められる立場にはありません。それを言うのならば、先程の大佐の言葉をお借りしますと、自分で気づけなかったものが悪いのではないのですか?」


 シルから横に逸れる大佐の視線。鋭利なそれは、次にマシュを正面から貫いた。


「あ〜、なるほど。お前らは、二人揃って頭が切れるのか・・・。私が言いたいことを先読みして、それに対して返答をしてくるとはな。そうだ。君たちが未熟だからこそ、今回死者を出し、怪我人も多く出した。これを言われるのを止めたかったのかな、お前は」


「しかし! あの状況下で、私たちができることなど!!」


「沢山あったな。まずは、状況報告。これを怠っていた。次に、危険が迫っていることが分かっているのであれば、避難経路は確保しておくべきだった。私たちが赴く前にな」


「俺たちが戦ったから——救われた命もありますよね?」


 シルの発言を、大佐は華麗に流す。


「周りはお前たちを神格化するかもしれない。この代における、有望株だとも。だが、私はそれを否定しなければいけない立場にあるんだ。それを、忘れるな。お前たちが、年齢に適さぬ力を有しているとは百も承知だ。だが、それでも・・・お前たちが、例え国中絶賛するような手柄を立てたとしても!! 私は、それを真正面から非難する。なぜなら!!」


 教室は・・・静寂に包まれた。入ってきた時には煙を出していた葉巻も、今ではすっかりその勢いを失っている。燻るような情けないそれをあげるだけで、激しさを感じさせない。興奮度が増す大佐とは、正に対照的にそれが映った。


「君たちは、まだ《《守護者の卵》》なんだ。率先して命を棒に振るような行為に走る必要はない。強くても、時には逃げていい。自分の力を過信して、派手に命を散らす行為を私は・・・良しとはしない」


「分りました。これからは——大佐に頂いた言葉を胸に刻み、精進していきます」


「——分かればいい。では、テストの方を返却する」


 大佐は、そう言い終わるとフォルダーから採点済みの用紙を2枚取り出した。かすかに揺れている手の振動を、二人は見逃す事はなかった。

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