第87話 完 体力テスト編 ゆっくりと浮遊する
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『穴の中』
「どうなってるのよ・・こいつ!?」
悪魔は心の中で悪態を一つ吐く。目の前で実際に起きた出来事が、悪魔には全く何一つとしても信じることができなかった。
「あいつは・・・死にかけのはずでしょう!!??」
飛行能力を持たない筈にもかかわらず、空中で私を見下す人間。魔法の箒だと勘違いしているのか。悪魔の顔を貫いた槍の上でバランスを取りながら、依然として
こちらから視線を外すことはない。
冷徹であり、残酷な視線。まるで、他の闇の一族をも連想させる視線の鋭さで、悪魔を目に写している。人間の命と、虫の命を対等であると言わんばかりの殺気も、隠すことなく漏らしている。何もかも、さっきまで悪魔の目の前で、血をばら撒いていた人間と異なっていた。
「いつまで、にらめっこしているつもりなんだよ。あんまり時間をかけるもんだから、俺の方は治癒が完了してしまったぞ?」
「は・・腹の穴が・・・。埋まっている??」
悪魔は仰天するしかなかった。自分の手で確かに貫通させた脇腹が、今では血の一滴も垂れることがない。何もなかったかのように、少し日に焼けた肌を覗かせている。そんな怪我は負っていないと言われれば、信じてしまうほど。シルの身体から怪我という文字は、綺麗に消え失せていた。
だが、悪魔の手の大きさに破れた服。それだけが、攻撃を食らったのだという、揺るぎない過去の事象を切に物語っている。しかし、今となっては、それはどうでも良い事に成り果てていた。無傷な状態でシルが戦闘態勢に入っている。これが、この戦場にどのような影響を与えるのか。悪魔は痛いほど頭が放つ警戒信号を、誰にも悟られることなく、背中に静かに冷や汗を流す。
「あなたの・・その治癒力。それは、まさに私たち闇の一族が行う回復と遜色ないわよ。瘴気を糧として、それを力の一部に変換させる。まさか、あなたもこっち側の住人だったとはね!」
「いや? それは違うな。俺は、極めて正常な人間だぞ」
「嘘を仰い!! 下等な人間が誇る医療技術なんて、たかが知れている。大掛かりな医療器具がなければ、大きく空いた身体の穴を縫い合わせることすら叶わないのよ! あなたがしたことは、紛れもなく闇の一族だからこそ成せる技よ!!」
悪魔が放つ糾弾の叫び。シルの核心を突き、心の揺れを狙ったその咆哮は、敢えなく空振りで終わる。シルは首をコキッと鳴らすと、そのまま大きく右回転に回す。直後、漏れる大きなため息。
「はぁ〜。これを見ろ」
シルは、悪魔に見えるように右手を突き出す。そして、掌を上にして、焦らすようにゆっくりとした動作で開いていく。
「何よ・・それは?」
二人の視線を一身に集める物体。それは、自発的に白く光る、小さな光球。ふわふわと浮遊し、大きな力で握りつぶすと壊れてしまいそうな脆弱さを持ち合わせていた。
「フッ・・」
シルの吐き出した短い吐息。それに煽られ、光球はなすすべもなく風の力に揺られ、やがて消えていった。二人の間に訪れる僅かな静寂。いつまでも再度光球の登場を待っていた悪魔は、痺れを切らしたようにシルに問い詰める。
「あなたは一体何がしたいのかしら? さっきのが何だというの!?」
「このグラウンドで光を操れる能力を持ち合わせているのは、一人しかいない。恐らく、俺がここまで降下する途中で付与したんだろうな。『光の再生』というバフをね。俺も驚いたんだぜ? 身体の穴が勝手に埋まって、止血されていくんだから」
「光の能力・・? あ〜、あの家名がどうとか騒いでいたアマね。攻撃以外にも使えたんだ、意外と瘴気との親和性が高いのかもね。一度も聞いたことがない、苗字だったけど」
「それは——お前が高い位を築けていないからじゃないのか?」
戦場が緊張感で覆い尽くされる。ピリッとした黒い電撃が、至るところで発生しては衝突を繰り返しているかのようだ。シルと悪魔の肌は、その電撃に当てられたのか、ピクピクと痙攣し始める。
悪魔は拳。シルは、浮遊する三叉槍。両者は、自らの武器に込める力を高めていく。顔に隠された血管が浮かび上がり、この暗闇の穴を照らす青白い光は、その発光度を更に高めた。
「何ですって・・?」
「こんな、新入生の狩り出しに送られている以上。お前の身分は、そんなに高くないのではないかと、問うてるんだよ」
「あなたが私たちの世界の何を知っているというのよ!! ちょっと実力がある程度で、あまりイキらないことね。この世の中には、私より強い人の方が多いくらいなのよ。もちろん、あなたは私より実力が下の部類に属しているけどね!!」
「あ〜、もう時間が迫ってるか。さっさと、この勝負のケリを付けようか。なぁ、古の大戦より受け継がれる落ちぶれた名家、ヴァンパイア族のブルー」
自分の本当の名前を呼ばれた悪魔は息を呑んだ。闇の一族の実情に詳しすぎる得体の知れない男。先程までの、地上で戦っていた時と纏っているオーラから、実力から何もかもが違いすぎる。
息を呑んだまま、悪魔の身体はまるで金縛りにあっているかのように、動きが制限される。制限というより、指一本すら動かすことができない。これは・・・、
「闇の一族の中でも、最上級種族にしか使えない技——!? あなたが、なぜこれを——」
遂には、口の自由すら奪われてしまった。もう、喉から声が出ることは金輪際起きないだろう。いや、空気を吸うことも・・・。私のことを完璧に把握して、なおかつこの能力で完全に私のことを制御できる奴なんて、数名しか頭に浮かんでこない。
『あなた、もしかして、闇の——』
一ミリも動かない悪魔。このグラウンドで彼女に手をかけられたアーミーナイトの学生は多数存在する。そんな奴に対して、慈悲なんて考えるはずもない。
「 悲しみより出でる獅子の三叉 !!!」
今度は、制御不可の連打ではない。確実に支配下に置いた、残虐極まる攻撃の嵐が、悪魔の身体を破片にし、更にその破片を貫通する。嵐が過ぎ去った頃には、肉片すら残りはしない。残るのは・・・汚く色染める緑色だけだ。
「はぁ・・・。これでこの後、学力テストもしなきゃいけねーのかよ・・。死んだな、点数」
その言葉を残すと、シルはゆっくりと身体を地上に浮遊させていくのであった。
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アーミーナイト 体力テスト編 完結!!!!
次から新章に入ります!!!
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