第75話 明後日の方向を向く左手
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「クッソ!!! まだ距離が離れているのかよ!!!」
ぐるりと囲むような木々。すでに、シルはこの景色には飽きを感じていた。終わることのない新緑は、どこまでも続く永遠を彷彿させる。それは、シルの目線から見える景色だけではなく、上空を見上げても変わらぬ景色が続いていることも関係あるのだろうか。
「はぁ・・。あと、どれくらい走れば、はぁ・・、お前と戦えるのかな?」
先ほどから、シルの身体の動きに合わせて激しく定位置から揺さぶられている相棒に声をかける。その声は、自分が思った以上に疲れを感じさせ、所々息切れをしていた。オークとの戦いが、シルの体力を奪い、それが回復しきっていないことは誰の目から見ても明らかであった。もちろん、相棒の目からしてもだ。
「待ってろよ・・! もうすぐだ。本当に、あと少しでお前の生きる場所に連れて行ってやるからな!!」
相棒は腰の衝撃で揺られながら、静かに木々の隙間から漏れる光を反射させてみせる。まるで、それを願っているかのように。
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アンが見抜いた僅かな違和感。それは、次の瞬間にはバスの中にいた全員に襲いかかる、衝撃の前兆であった。
「皆さん! 一旦窓から離れて!! 衝撃に備えて!!!」
遅れて違和感に気がついた上級生が、皆に呼びかける。だが、果たして何人の耳にその声が届いただろうか。しかし、襲撃は待ってはくれない。そう、正しく言えば、バスの上下左右が入れ替わるほどの、跳躍をバスがしてみせたのだ。
「これで生き残れたら強運の持ち主・・・! 試してやろうじゃない。守護者の卵達!!!」
叫ぶ悪魔の声は、この場にいる全ての人の鼓膜を激しく揺らす。直後に、向きを直角に変えるバスの床。今まで重力を支えていた床が、その役割を放棄することで、バスの中にいた学生は漏れなく全員一度宙に身体が浮く。そして、そのまま先ほどまで、側面にあった窓ガラスに背中から落下する。だが、衝撃により上がる悲鳴は、割れる窓ガラスの音で全て相殺されていった。
なぜなら、バスの向きが変わり生じた重力による落下と、それに伴う身体への衝撃は一度では終わることがなかったからだ。
悪魔は、最初こそゆっくりとバスの車体を傾けさせて見せたが、その後力を蓄えると、一気にそれを解放させバスを仰向けのままグラウンド目掛けて勢いよく放って見せたのだ。地面と触れ合うだけで、車体は回転し、それと同時に所々を崩壊させていく。
中に残っていた学生は、それを頭を両手で抱え込み耐えるしか道は残されていなかった。肩や、足など露出した部位はことある毎にバスの内部、時には乱雑に動く自然の力によって浮かされた他の学生と激突。痛みで声を出す間も無く、次の衝撃が襲い続ける。それは、まさに地獄で行われる無限の拷問。痛みが痛みを生み、それをかき消すかのように、更に激しい痛みが身体を襲った。
「止まっ・・・た?」
バスは、合計で20回ほど開店して見せると、グラウンドの端のフェンスに車体をぶつけ、勢いを止めた。アンは、揺れが収まった事による安堵感の前に、依然としてグルグルと回る視界に足を奪われる。両手を使って立ち上がろうとするが、力が上手く伝わらず、気がつけば尻餅をついていた。
「あら? しぶとい人もいるみたいね。っていうか、ほとんど全員生き延びているんじゃない。さすが、しぶとさだけは守護者レベルね」
悪魔の冷たい声が、アンの耳に届く。でも、その姿を確認することはできない。車体は、本来なら右面に設置された窓を底とし、その状態を保っていた。そのため、外の様子を伺おうとも、先ほどまで天井の役目を果たしていた部分が邪魔をして、それが叶うことはない。上から覗く空に、濃い紫色の雲が覆っているのだけは視認できた。
「早く、移動しないと・・・」
アンは再び手に力を入れ、上体を起こそうと試みる。少し前と比べて、視界はかなりクリアになりつつある。すでに、目眩が原因で力が入らない、と言うことは起きないだろう。だが、いくら力を入れようとも、アンの身体がピクリとも寝転がった体勢から移動することはない。
「なんで・・・なんで動かないのよ!!」
アンは、怒り狂う寸前のところで、今自分の身体を支えようとしている両腕に視線を落としてみせる。そして、その直後。沸騰間近の怒りは瞬時に冷凍されるのであった。
「これ——私の左手・・・」
アンの左手は——明後日の方向にねじ曲がっていたのだった。
キャアァァァァ!!!!!!!!
彼女の声が静まり返るバスの中で反響した。
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