第74話 生に取り憑かれた人、諦める人
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アンの視界は、いやバスの内部は今や色ガラスに光が差し込んだかのように、赤一面に染められている。突然の出来事で、バスの中にいた全員は、声を出すことも忘れてしまうほどだ。先ほど、大きな悲鳴が上がったにも関わらず辺りは静寂と化す。
「原因はあれね。ここまで、バスの中を効果的に恐怖のどん底に陥れるなんて!」
バス特有の大きなフロントガラスは、運転手の悲鳴が上がると同時に、噴出される血液で赤く染め上げられていた。最初は、運転席付近だけの染色であったが、溢れ出るそれは、やがて全てを覆い尽くす勢いで勢力を増していく。気がつけば、瞬きの間にフロントガラスは無色透明から、鮮血模様に姿を変えていた。それらに太陽の光が差し込むことで、この奇妙な空間を作り上げているのだ。
「って!! そんなことしてる場合じゃない!! バスの運転手が死んじゃったってことは——!!」
このバスの操縦を失ったことと同然のこと。アンはそう言葉を紡ごうとするが、それが声として発する事は叶わなかった。手綱を離されたバスの勢いに身体が飲まれたからか。いや、違う。暴走を始めたと思われたバスが——突如として停止したからだ。
「悪魔・・・!!!!」
大きな力で正面からバスの動きが止められたのだろう。先ほどとは、逆の方向に慣性の法則で身体がよろめく。フロントガラスはすでにガラスとしての機能を果たしていないため、外の様子を詳しく知る手立ては、各席に設けられた窓ガラスしかない。しかし、それを用いずとも、外で何が起こっているのか容易に予想がつく。
そもそも、動いているバスを止め切るなんて人間技ではない。そして、このグラウンドには今人間を凌駕した存在がいる。それだけで理解ができる話だ。
アンは、もはや自分の命は、ここで燃え尽きるしか道はないと、どこか心の中で思っていた。絶望してしまったのだ。上級生でも歯が立たない相手。それに加えて、唯一逃げる手段であったバスすら抑えられてしまった。これ以上、生き延びる手立ては思いつくことができない。
「外へ・・・。窓を壊して外に出なさい!!! このバスはもう・・・悪魔の手に落ちました!!!!」
上級生だろうか。大きな割れる声がバスの中に響き渡る。そして、その声を聞くと同時に、倒れ込んでいた新入生達は生に駆られるように、近くの窓に飛びつく。コンマ数秒後には、自らが掲げる武器を片手に各々窓を割ろうと試みていた。
パリンッ!・・・パリィン!!
窓が割れる音が起きては、静寂が訪れるのを拒むように、断続的にそれは鳴り響く。窓を早々に割った生徒から順に、縁に足をかけ、狭い隙間を身体を拗らせる。この逃げ場のない悪夢から逃げようとしているように、その姿はアンに映る。だが、不安定な足場が足枷になっているか。中々思うように、事が運んでいないみたいだ。逃げようと急ぐあまり、体勢を崩し激しく床に衝突する者も、ちらほら見られる。
アンはその様子を横目でじっと眺めていた。既に生を諦めている彼女にとって、このバスから逃げ延びることは、さして重要でもない。ましてや、外に出たとしても、悪魔の恐怖は続いているのだ。命の安全性が保証されるわけでもない。
「バッカみたい。皆んな、生き延びることに必死になっちゃって。アーミーナイトに呼ばれた時点で、命をこの国のために使ってって言われたようなもんじゃない。生への未練なんて、断ち切っておきなさいよ」
アンは、この場に置いて誰よりも冷静であり、頭が冴えていた。それは、あまりにも死ぬことに対し、恐怖心がない故の副産物。現時点で、彼女には焦りも、未練すらない。だからこそ、彼女だけが気づいたわずかな変化があった。
「このバス——なんか傾いてない?」
その声はあまりにも小さく、生に取り憑かれた人の耳に届くことはない。
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