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第73話 問題はそこではない

「かかれ・・!! 早くかかってくださいよ!!!!!」


 気が走り、いつもならすぐにかかるエンジンも、今では何故かすんなりとかからない。手が震えているからだろうか。いや、違う。目線を悪魔から逸らすことができないからだ。


「早くかけなさいよ!!」


 一人の新入生がドライバーに向かい、一際大きく劈く声を出す。


「ヒィィ!!! た、ただいま!!!!」


 運転手は、後ろからかけられた声に反応すると、ようやく視線を悪魔から鍵穴に向け直した。どうやら、今まで鍵を刺そうとしていたのは、何も関係のない窪みだったことに、今になって気づく。


どう足掻いてもかかることのない、エンジンはそういうことだったのだ。その後、正しい位置に挿入された鍵は、先程までの困難が嘘であるかのように、最も容易くかかるのであった。


「かかりました! 皆さん何かにしがみ付いてくださいよ!!」


 外に付けられたパイプから、ガソリンを吹かした時に生じる黒い二酸化炭素。それが吐き出される音が、バスにいる全員の鼓膜を震わせる。そして、その音が高らかに奏でれば奏でるほど、アンの鼓動はそれに合わせて早くなっていく。


はやる気持ちが、この音に乗ってしまったのか。しかし、そのような状態に陥っていたのは、どうやらアンだけではなかったようだ。周りも見れば、誰もが自分の胸に手を当て、少しでも脈打つ鼓動を落ち着けさせようと努めていた。


「発進します!!!」


 ドライバーはそう言うと、最初から遊びなしでアクセルを大きく踏み込む。逃げ込むようにして入った生徒達は、誰も席には着いていない。だが、無慈悲にも車体内に、急な動きによって引き起こされる慣性の法則。


その、強大な自然の力の動きで中にいる生徒は、ある人は倒れこみ、またある人は後ろ髪を引かれたように、後方に立つ学生と衝突した。あちらこちらで上がる衝突音と、痛みによって引き起こされる()()()悲鳴。例に漏れず、それはアンの身にも降りかかる。


「いったぁぁぁ・・・!」

 

 バスの座席に取り付けられた、頭部付近にある白い取手。本来なら、立って乗車する人が握るその部分に思い切り後頭部からぶつけた。痛みに漏れる声は抑えようがない。だが、少なからず悲鳴は上がるも、先程までの混乱状態にあったバスの内部とは雰囲気から違っている。


取り乱す者も、泣きじゃくる人もいない。そして、神にその命を委ねる者も。気がつけば、バスは既にグラウンドの出入り口にまで差し掛かっていた。いや、ただの出入り口ではない。その意味合いは、朝ここを通った時と、大きく異なっている。運転手含め、バスに乗車する全生徒から見ると、それはさながら地獄から解放される唯一無二の扉。


「これで——やっと・・・」


 アンの耳に、誰かがそう呟く声が聞こえる。誰かは分からない。皆が倒れ込むこのバスの中で、一人があげる声を判別するのは困難を極めた。しかし、アンは次に続く言葉に、なんとなくだが予想がつく。アンが特別なわけじゃない。


この、地上に現れた地獄から生き永らえたのだ。誰でもその言葉を口にしたくなるだろう。アンは黙り、誰か分からぬ人が口にする次の言葉を待った。辺りも、それに呼応するかのように静寂に包まれる。そう、奇妙なほどに。


「ヒィィィィィィ!!!!」


 次にあがった言葉は、アンが予想していたものとは大きくかけ離れていた。内容も違う、声量もそうだ。だが、それより声の持ち主も違う。今の声は、完全に男性の声だった。このバスの中で男性は一人しかいない。


「運転手・・・さん?」


 バスのフロントガラスの大きさは他の車とは異なる。それは、車体の大きさに合わせて大きくなり、そしてより広大な視野を運転手にもたらす。しかし、その恩恵を受けることができるのは、何も彼だけではない。乗客もそれに含まれるだろう。前を見れば、ある程度バスの前方の様子を伺うことができる。


 アンはゆっくりと椅子に手を当てながら立ち上がると、前方を頭部へのダメージの影響でぼやける視界で照らし出す。そこには、何も代わり映えのしないグラウンドとその出口がぼんやりと映し出されるのみ。特に変わった点はないように見える。


「がはァァァァ!!!!!!??????」


だが、()()()()()()()()()()()。運転手の悲鳴は、静かになったバスの内部に嫌になるほど反響し、皆の耳に届いた。

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