第33話 相手と戦う闘志
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「こいつは・・・ちょっと想定外だな。てっきり俺達に攻撃を仕掛けてくるのは人間だとばかり思っていたんだが」
その姿は正に異形という言葉をそのまま体現している怪物。皮膚は黒紫色でドス黒く染め上げられ、優に10mを超す大きな身体、腕周りの太さもシルとマシュが並んで寝転がった幅とほぼ同等かそれ以上はあるように見受けられる。口内に収まり切らず奥歯が鋭く尖って外に露出しているのも更に恐怖を煽る。
こんな化け物に攻撃を振り抜かれたり、ましてや噛みつかれたりしたら骨折どころで済まない怪我を負うことになるのは間違いない。いや、そもそも怪我だけで一命を取り留めることができるだけで幸運と言っていいのかも知れない。既に数名の記録員がオークが現れたことによって生じた試験器具すら吹き飛ばした衝撃波でグラウンドを覆い囲むフェンス付近まで吹き飛ばされ、倒れ込んだままぐったりしている。
彼らの倒れ込む地面には赤い液体もどこかから溢れ出て、周りのまだ茶色い地表を侵食する勢いでその色を広めている。彼らに早急な処置を要することは言うまでもない。ましてや、少なからず目の前で咆哮を上げている化け物の登場だけで負傷した数は計り知れない。無傷で済んでいるシル達の部類が稀有なほどだ。
「あいつは、一体・・・?」
「——オーク・・・! 本来なら瘴気濃度が極めて高い地域にのみ生息し、闇の一族でもこいつらが暴れ出したら抑えるのに手を焼くという怪物。そんな奴が・・・どうしてこんな瘴気濃度が低い地域に・・・?」
デンジュが口をパクパクさせながら辛うじて聞き取れる範囲で声を発する。だが、それ以上の情報を聞き出すことは不可能だとシルは即座に判断した。恐怖で心が取り憑かれている。そんな状態の彼にこれ以上の負担を背負わすのは酷な話だ。それに、瘴気保有限界の件もある。
「シル!! あれがそうか」
こちらまで走りながら、駆けつけてきたマシュがあがった息のまま話しかけてくる。試験室の外で待っていたはずだが、どうやら一見してわかるほどの怪我を負っている様子はない。体力テストで削られたスタミナ以外は体調は万全のようだ。しかも、不思議なことに彼の手にはいつの間にか吹き飛ばされていたのだろうか。シルの愛剣と思しき剣も握られていた。ふと、自分の腰元に目を落としてみれば、そこには空の鞘しか刺さっていなかった。
「多分な。とりあえずこれを片付けよう。俺の相棒をありがとう、自分でもいつ腰から落ちたのかわからなかったよ」
「あの上から物が大量に降ってきた時だよ。遠くからシルの姿を目で追ってたけど、その途中に跳ね返った木材の破片が剣の柄に当たって、剣だけ綺麗に弾き飛ばされたんだよ。まぁ、そんなことに気を配れないほど緊迫した状況だったから仕方ないよ。
ほれ、これで準備万端。あいつの名前は分かんねーが、やるんだろ?」
「あぁ、もちろんだ。奴はオークと呼ばれる怪物だ。実際に目の前にいるから分かり易いけど、簡単に倒せる相手ではないと思う。ただ、あいつは頭が悪いように思える。あいつを見てくれ」
シルは指でオークを指す。マシュもその動きに倣って視線をそちらに向けた。
「今のやつは積極的に攻撃をしてくる状態にないと思う。最初のデタラメな攻撃力から繰り出されたあれはすごかったけど、それ以降あの場から動いてすらいない。デンジュさんが溢していたが奴は本来なら瘴気濃度が高い地域に普段なら生息しているらしい。
つまり、この地域とは肌が合わないんだよ。あの体格から繰り出される攻撃にはそれ同等の瘴気を使用する。だけど、この地域はそれが低い。供給源が不足しているんだ。つまり、」
「あいつが次に攻撃を行ってくるまでにタイムラグが生じるってことか!」
マシュが声高々に言葉を繋ぐ。シルはそれに対して得意げな笑みで答える。
「ご名答! だから、今あいつを叩く。これ以上奴に瘴気を吸収されると次の攻撃を俺たちが躱せる保証はないしな。デンジュさん!」
不意に名前を呼ばれ、隣で焦点の合わない目で惚けるようにオークを見つめていたデンジュは、はっと我に帰り、シルとマシュの方を見上げる。
「な、何だい?」
「単刀直入に言います。戦えますか?」
シルの質問の後、空白の間がシルとデンジュに流れる。
「先ほどまでの話が耳に届いていなかった、というならもう一度説明します。ですが、その心に闘志が宿っていなければ土壇場で恐怖に身体が支配され、敢えなく命を無駄に散らすことになります。その闘志が!デンジュさんにまだ宿っていますか?」
デンジュは一度考えるよう素振りを見せると、その後静かに首を横に振った。その目には涙を浮かべて。
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